98 本家の家紋を身に負う者は
ベルシエラに元気付けられたヴィセンテは、途切れつつも力強く話を続けた。
「ベルシエラ、家訓、言えるんだよね?ガヴェンに、教わったんでしょ?」
ベルシエラが頷く。
「本家の家紋を、身に負う者は、家訓を胸に、深く刻んで、いる筈だ」
ヴィセンテが眼混ぜでベルシエラを促した。ところが口を開いた瞬間に、無礼な横槍が入った。
「ヴィセンテ君、疲れたのじゃないか?早く食事を済ませて横にならないと。また昨日みたいに熱を出すよ」
エンリケ叔父である。体調を気遣うふりをして、追い払おうとしているのだ。もちろん、ヴィセンテは病弱で当主としての業務に差し支える、という印象を強める為でもある。
ベルシエラは咄嗟に呟く。
「見よ叡智の太陽
恐れず惑わず
太陽の下に
恥づることなく」
ベルシエラは、全身を魔法の媒体と出来る特性を活かす。言葉に力を載せた。どこか遠くで微かにカタリと音がした。
「映すはその花
太陽の猛火を
仰げば黄金に
燃え立つ空を」
山の木々が騒がしい。暴風でもないのにザザザと枝を鳴らしている。
「生むは汝太陽
叡智の光を
焼き尽くす欺瞞と
虚構の翳りを」
エンリケは、ベルシエラには一瞥もくれずにトムへと指で合図した。傍で控えていたトムが、ヴィセンテを立ち上がらせようと椅子の背に手をかけた。
窓の外から轟々という風音が聞こえて来た。
「立つはその花
広き野に開く」
ベルシエラは、丁寧に言葉を紡いでゆく。ヴィセンテがなかなか椅子から離れないので、トムが焦り出した。
(えっ、何?)
縦長に壁をくり抜いた朝食室の窓の向こうから、何かがとてつもない勢いで近づいてくる。ベルシエラは言葉を切って、飛行する物体を凝視した。
ベルシエラが隣を見ると、ヴィセンテが愉快そうに眼をくりくりさせていた。
(ククク、お出ましだね)
(お出まし?どなたが?)
(ほら!)
(えぇ?)
皆の視線は、いきなり飛び込んできた何かに釘付けだ。
それは、1本の茶色い杖だった。カツーン!と小気味良い音を立ててヴィセンテのテーブルに着地する。そしてギュルギュルと鋭い音を立ててしばらく回転していた。
回転が収まっても杖は倒れなかった。ヴィセンテは痩せ細った腕を弱々しく伸ばす。杖は自然にその手の中へと収まった。
「ああ燃ゆる叡智を
見失うことなく」
ヴィセンテが最後の二行を詠い収めた。
「あっ」
しんと静まり返った部屋の中で、ひとりベルシエラだけがすっとんきょうな声をあげた。顔は天井を向いている。太く黒ずんだ梁に、発光石がいくつか埋め込まれている。
「杖神様が飛んでたから、何事かと思ってきてみたのよ」
呑気な事を言う幽霊がいた。
「ん?どうしたの?今何か、聞こえたような、気がしたけど」
ヴィセンテは不思議そうに首を傾げた。
(なんでもない)
「あらぁ、やっぱりエンツォには見えないのねぇ。残念」
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続きます
閑話
家訓の詩型モデルをどうするか?
長歌風?漢詩風?バラード風?ブランクヴァース風?シャンノース風?ロマンセ風?
と散々迷った挙句、
なんとなくロマンセな感じにしました
家訓なのでリフレインなし
1行8音節
偶数行の7,8音節の母音を押韻
四行一連
1なし
2ab
3なし
4ab
スペイン詩の音節数調整の規則も日本語にゆるく落とし込んでおります
mi yo ei chi no tai yoh
o so re zu ma do wa zu
ta i yoh no mo to ni
ha zu ru ko to na ku
u tsu su wa so no ha na
tai yoh no moh ka wo
a o ge ba ko ga ne ni
mo e ta tsu so ra wo
u mu wa na re tai yoh
e i chi no hi ka ri wo
ya ki tsu ku su gi man to
kyo koh no ka ge ri wo
ta tsu wa so no ha na
hi ro ki no ni hi ra ku
ah mo yu ru ei chi wo
mi u shi noh ko to na ku
見よ叡智の太陽
恐れず惑わず
太陽の下に
恥づることなく
映すはその花
太陽の猛火を
仰げば黄金に
燃え立つ空を
生むは汝太陽
叡智の光を
焼き尽くす欺瞞と
虚構の翳りを
立つはその花
広き野に開く
ああ燃ゆる叡智を
見失うことなく