97 杖神様の提案
ヴィセンテは言葉を短く区切りながら、黄金の太陽城にまつわる伝説を語る。伝説を初めて耳にする城の召使いたちは、目を輝かせて聞き入った。記録係は一音も聞き漏らすまいと耳をそばだてる。後で許可を得て子供用の絵本に仕立てたらどうか、などと計画までしていた。
「魔物と戦う、途中で、ファージョンの祖先、とも出会った」
杖神様の一族やアラリックと同じように、魔物の毒を乗り越えて魔法を得た原住民だった。彼らは記録が好きな民族であり、自分たちを象徴する印を持っていた。山と指輪を組み合わせた旗印が、彼らの集落には掲げてあった。
「調査旅行から、帰ってくる時の、目標に、していたんだ」
この旗印を大いに気に入った義兄弟ふたりは、真似をして紋章を作った。レオヴィヒルドは剣と杖が交差して蔦が絡まるデザインにした。
「ふたつの城に蔦の葉が生い茂る遠い未来まで、共に栄えあれかし」
とレオヴィヒルドは言った。それを観ていた杖神様が、レウヴァの心に語りかけた。
(それなら、我らはギラソルと杖にしよう。ギラソルは我らの地に咲く花でもあり、レオと出会ったきっかけであるからな)
やがて長い時が過ぎ、家訓が生まれた。それは「勇気の歌」という民謡を元にした詩であった。杖神様がまだ生きていた頃、オーロラの揺れる瞳を持つ一族が好んで歌った民謡だ。
伝説を語り納めて、ヴィセンテはひとつ付け加えた。
「家訓の詩は、晩餐室に、掲げてある」
そのことは皆が知っていた。
「だが、正式な形、ではない」
掲示されている詩は全文である。込められた魔法の効力を下げるために、代々同時代の言葉に書き換えてきた。それは、小説「愛をくれた貴女のために」にも書いてあった。本来の形は杖の継承式で使うのだとも述べられていた。
「皆は、意味を、心に留めよ」
皆に顔を向けて話していたが、ヴィセンテはここでエンリケ叔父一家へと視線を投げた。
「杖神様より、頂いた家紋だ。家訓も、元は杖神様の、お伝え下さった、歌だ」
カタリナ叔母は、だからなんだ、という顔付きである。ヴィセンテの落ち窪んだ眼が仄暗く光る。本人は意図していないのだが、病でやつれているために凄みが出ていた。
カタリナ叔母は、身震いしてエンリケの腕を掴む。エンリケは優しい夫らしく妻の肩を静かに摩った。
(うわっ、何よ。エンツォを悪者にするつもり?)
(シエリータ、見ていてよ)
(ええ。しっかりと見届けますとも)
ベルシエラにとってヴィセンテは、一周目でも小説の中でも夫であった。しかし、目の前にいる二周目の夫は見たことがないほど頼もしい。不機嫌な病人でもなく、復讐鬼でもない。
(太陽の下に恥づることなく)
ベルシエラはわざと、正式な形でヴィセンテに家訓の一節を贈る。妻の応援に勇気を得て、ヴィセンテの瞳は威厳を帯びて輝いた。
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