95 レオヴィヒルドの大志
しつこく追ってくる魔物の姿は見えない。霧の魔物と同じだ。この辺りに蔓延る魔物は、用心深く身を隠している。
杖の男は止まることなく炎を操る。走りながら振り向きざまに杖を振る。左右へも向ける。頭上に炎球を飛ばす。時折、渡来人たちもナイフや矢を音の方へと放つ。山を駆け登り、礫場を走り、汗を流してひたすら前へ。杖の男が出した火球に導かれ、皆はかつてアラリックが逃げ込んだ洞窟に到着する。
「ふーっ、なんとか逃げ切ったな」
「霧の魔物は情報があったが、森が未踏だって言われてんのは、あの棘のせいか」
「だろうな。渡来人はだいたい棘で全滅する」
「魔物は倒してもすぐ復活しちまうからなあ。逃げるしかないが、あれじゃあまず助からないな」
宝石ベルトの男は恐ろしそうに顔を顰めた。仲間たちも頷きあっている。
「切っても焼いてもしばらくすると生き返るからな。完全に始末するには魔法しかない」
「我らは、魔物が死んでる隙に全力で逃げる。魔物の毛皮や角は毒性が強すぎて触ることも出来ないし、資源にはならない。そのうち海の向こうに住む者も訪れなくなるだろうさ」
「そうか。戻るにしても、少しは休んでいけ」
杖の男は一行の疲労を気遣った。中には毒の棘でかすり傷を負った者もいる。手当を急がないと命が危ない。
「恩に着る」
「なに、我らの祖先も洞窟にいた月の民に助けられたのだ」
「そうなのか。いや、しかし、助かった。我が名はレオヴィヒルド、遥か大海原を越えてきた」
「私はレウヴァだ」
呼吸が整うと、杖の男レウヴァに連れられて一行は洞窟を奥へと進む。皆で魔法使いの集落まで降りてゆく。道々この集落の歴史を話した。宝石ベルトの男レオヴィヒルドは、しきりに感嘆のため息を漏らしていた。
「我らはこの地に王国を建てようと海を越えたのだ。困ったことに魔物には歯がたたぬ。だが、レウヴァたちの魔法があれば、あるいは叶う夢かも知れぬよ。どうだ?手を貸してはくれまいか?」
毒の手当や軽食の労いをうけ、寛いだレオヴィヒルドがレウヴァに頼み事をした。
「オウコク?なんだそれは」
「海の向こうには、王国というものがあるんだ。まあ、大きな村のようなものだな」
レウヴァにはよく分からなかった。
「ここに住んでもいいぞ?」
「いや、魔物を一掃して多くの人間が住める場所を作るつもりだ」
レウヴァは驚いて、思わず杖を取り落としてしまった。岩の床に杖が倒れた硬い音が洞窟の壁に反響する。
「魔物を一掃?」
「我らの武力とレウヴァたちの魔法を合わせれば、出来そうじゃないか?」
「そんな無謀な。それは蛮勇と言うものだぞ」
レウヴァは笑って取り合わなかった。
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