93 太陽の花ギラソルの伝説
ヴィセンテの表情からは温度が消えていた。雪が音を吸い込むように、しんと張り詰めた空気が漂っている。
「あなた方に、その花を、飾る意味が、解りますか?」
休み休み紡ぐ言葉は、愚かな子供にとって恰好の餌食だった。上の息子は分別を求められる歳になっている。それでも下の息子と意地悪そうな笑みを交わして、低く笑った。父も母も軽く嗜めるふりはしたが、きちんと叱ることがなかった。
「当主代理として、セルバンテス家の誇りを忘れないという心構えを表しております」
エンリケ叔父は堂々と答える。それはもう、曇りない笑顔で言い切った。
ベルシエラは歯噛みした。
(なんて厚かましいのかしら)
(大丈夫、僕に任せて、シエリータ)
(ええ、信じているわ)
チラリと視線を交わしてから、2人は悪党一家に向き直る。
「ギラソルの花は、黄金の太陽を、見失うことが、ありません」
ヴィセンテは静かに語りだす。再び嘲笑う兄弟を、カタリナ叔母は肘でつついて黙らせた。どうやら不味いと気がついた様子である。
「その昔、セルバンテスが、まだ、比類なき、魔法の血族で、あった頃」
本来なら、セルバンテス家に連なる者どもが知らぬ筈のない昔語が始まった。ベルシエラにとっては初めて聞く物語である。ヴィセンテは自信たっぷりに微笑んだ。
セルバンテス家には、プフォルツの大賢者よりも素晴らしい伝説があるのだ。ヴィセンテは、ギラソル魔法公爵家が語り継ぐ伝説を妻に聞かせる機会を得て高揚していた。
昔、ギラソルの花咲く広原に渡来人の一団がやってきた。率いる男は小山のような大男だ。腰には宝石の輝くベルトを帯びている。背中には剣、腕には雫型の盾。栗色の髪を靡かせて、逞しい馬に跨り前進を続けた。
その頃は広野にも魔物が住んでいた。霧を吐き出す魔物で、多くの渡来人を悩ませていた。方向が分からなくなり、弱ったところをガブリとやられる。鼻先に出した自分の指すら見えない。何処から襲われるか分からない。パニックを起こして同志撃ちにもなる。
宝石ベルトの男に率いられた一団も、霧の魔物に出くわした。彼らは感覚が鋭かったので、薄らと漂い始める魔物の霧にすぐ気がついた。
「霧だ!」
「落ち着け!」
恐れる一行に声をかけてきた者がいた。茶色い杖は背丈を超えて、細身の身体で支えているのが不思議であった。眩く煌めく黄金の髪は、さながら太陽の化身のようである。
「広野に入って気づいたことはないか?何を目当てに進んできた?」
彼らはその時、太陽の沈む方角へと進んでいた。その先には深い森がある。
「我らは森に向かっている」
「森や山が見えずとも太陽はある。だが空が見えなくなっても慌てるな」
金髪の男は杖を掲げて助言する。
「黄色い花の向くほうへ進め」
宝石ベルトの男は、力強く頷く。
「やはり、この黄色い花は太陽へと回って行くのだな」
「我らはこの花をギラソルと呼んでいる。お前たちの言葉では、太陽の猛火となるかな?」
「ほう、猛火か」
「花弁が燃え盛る太陽の炎の形に見えるだろう」
「言われてみればそうかもしれない」
宝石ベルトの男は素直に受け入れた。
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続きます
閑話
ギラソルは造語
ギラは日本語
ギラギラする、ギラつく
そしてみんな大好きなあの呪文
いやあんまり人気ないか
ソルはスペイン語
ヒラソルgirasol は実在の単語
向日葵のこと




