91 魔法使いは分かりやすい人々
(知識は魂を飛翔させる。プフォルツ魔法公爵家の家訓よ。ご存知でしょう?)
(知ってはいるけど)
(魔法は血脈に宿るものだけど、個人の資質は遺伝しないわ。開祖の道具に選ばれる遣い手が必ずしも直系長子じゃないってことも、ご存知よね?)
(それとプフォルツと何の関係が?)
美空の中で早口スイッチがオンになる。小説「愛をくれた貴女のために」でも、プフォルツ家は軽く触れられただけの家柄だ。だが、ベルシエラとして学んだこの国の歴史では、非常に重要な家系なのである。
(プフォルツ家は名前を持たない魔法使いの一族だったのよ。その中からある時大賢者と呼ぶべき方が現れたの。それで名前と魔法公爵位を賜ったのね。エルグランデ王国魔法史にその名を刻むアルヌルフ・"マグヌス"・フォン・プフォルツ、大賢者アルヌルフよ。子孫は今でも勤勉で、魔物討伐には彼らの知識が不可欠だわ。アルヌルフ様の血筋を見下すなんて、無知蒙昧の恥知らずだわ)
(う、うん、ごめんなさい)
ヴィセンテはベルシエラの熱量に圧倒されてしまった。論理でも証拠でもなく、勢いに呑まれて同意する。
(プフォルツ家、すごい家だったんだね)
ベルシエラは鼻息も荒く頷いた。
(分かればいいのよ)
ヴィセンテは幼い頃から病床にあった。エンリケの息がかかった魔法使いしか知らない。ガヴェンとは仲が良さそうだったが、あまり頻繁には会えないだろう。ヴィセンテは、関わりの中で身につける筈の、魔法使いの常識を教わらないまま大人になってしまったのだ。
(それにしても、魔法使いの流儀か)
(そうよ。実力が劣る者が指図できるほど魔法の世界は甘くない)
ベルシエラはエルグランデ王国魔法史の授業で、幾つかの事例を習っていた。エンリケのような政治力を持つ魔法使いが、魔法ではなく処世術や経営能力で上に立ったことは何度か記録されている。
(彼らの間違った指示が大惨事を招いた事件や事故は、歴史の授業で習ったわ)
(指揮者だけに責任を負わせるのは違うんじゃないのか?)
ヴィセンテが食い下がる。魔法使いの実際を知らないヴィセンテには、なかなか納得し難いのだろう。
(魔法で起きた不具合は、魔法でしか正せないのよ。序列が上の魔法使いが責任を全うするには、そこで起きている困った魔法を全部収拾する実力が必要なの。出来ない責任者が現場に出向いても、結局役に立たない。そういう場合に軽く山ひとつ吹き飛んだり、都市が消えたって事例があるのよ)
要するに魔法使いは、かなり尖った専門職だ。しかも、努力では埋まらない生来の才能にも左右される。資質からして完全に遺伝的な体質に依存しているのだ。それでも研鑽しなければ命の保証はない。
人柄だとか人間関係だとかは二の次である。足の引っ張り合いは多くの人命と自然を破壊するだけなのだ。
(分かりやすくていいでしょ?)
ベルシエラはニッと片頬を吊り上げた。
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