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貴方は私が読んだ人  作者: 黒森 冬炎
第五章 太陽の大地と魔法の民

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90 魔法使いは魔法が全て

 頑なに横を見ているベルシエラを、ヴィセンテはからかうようにつついた。


(シエリータ、こっち向いて)

(やあよ。またいたずらするんでしょ)

(しないよ)

(するでしょ)


 当主夫婦が小競り合いをしていると、エンリケ叔父が朝食室に入ってきた。朝食なのでマントは着けていない。妻子が到着して気持ちが安定したのか、すっかり余裕を取り戻していた。穏やかな笑顔でゆっくりと席に向かう。


 ベルシエラはじっと見ていた。テーブルに着いた人々は、一言二言エンリケと挨拶を交わす。ヴィセンテ派の人々とも平然と微笑み合っていた。その中にはテレサもいた。



(すごく自然に見えるわ。昨日のことがあるのに、ぎこちなさがないわね。みんな、エンリケが全員での食事を復活したと思ってるのかしら?)


 ベルシエラは胸の内で独り言を言った。ヴィセンテには筒抜けである。ふたりは心で会話している途中だったのだ。


(そうだろうね。伝えたのはトムだし、そこはいつもと変わらないから)


 三度目のうっかり聞かれた独り言事故である。ベルシエラは情けなくなって乾いた笑いを漏らした。途端にエンリケがベルシエラを見る。


(こわっ!柔和な笑顔こわっ)

(ベルシエラ、大丈夫だから)

(ええー、大丈夫じゃないわよ。思い通りになってる時だけ余裕たっぷりの悪党は、状況が自分の手に負えなくなると何するか分かんないのよ)

(悪党って。そこまで言うのはあんまりだよ?)


 ヴィセンテはやや不機嫌な顔をした。ベルシエラはヴィセンテにとって、当主としての覚悟を呼び覚ましてくれた人だ。だからこそ、自分を育ててくれた優しい叔父を、ベルシエラにも信頼して欲しかったのだ。恋をしたと言っても、所詮は一昨夜初めて会った新参者なのだ。



(家族にまで本家の家紋を付けさせて、自分は当主の席に座ってたような奴が悪党でなくてなんなのよ)

(確かに行き過ぎた所はあるけれども)

(ねぇエンツォ。信じたいのは分かるけど、魔法使いの流儀に(もと)る人物が、当主代理だなんて、魔法の旧家にあるまじき珍事だわ)


 ヴィセンテはベルシエラの誇りに打たれた。


(魔法使いの流儀)

(そうよ。魔法使いは魔法が全て。情け無用の実力社会よ)

(それは、王宮で教わったのかい?)


 ギラソル魔法公爵家の病弱な当主は身震いした。ベルシエラの手を握る指先に、僅かながらも力が籠る。



(ガヴェンに聞いてご覧なさいな)

(ああ、シエリータが仲良くしてる巡視隊には、ガヴェンもフランツ・プフォルツもいたな)

(ええ。指輪のファージョンに書籍のプフォルツ。その本家の嫡流よ)

(プフォルツは新しい家だけれども)


 ヴィセンテは薄らと不快を表した。やはりヴィセンテはエンリケ叔父の差別意識に毒されている。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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