90 魔法使いは魔法が全て
頑なに横を見ているベルシエラを、ヴィセンテはからかうようにつついた。
(シエリータ、こっち向いて)
(やあよ。またいたずらするんでしょ)
(しないよ)
(するでしょ)
当主夫婦が小競り合いをしていると、エンリケ叔父が朝食室に入ってきた。朝食なのでマントは着けていない。妻子が到着して気持ちが安定したのか、すっかり余裕を取り戻していた。穏やかな笑顔でゆっくりと席に向かう。
ベルシエラはじっと見ていた。テーブルに着いた人々は、一言二言エンリケと挨拶を交わす。ヴィセンテ派の人々とも平然と微笑み合っていた。その中にはテレサもいた。
(すごく自然に見えるわ。昨日のことがあるのに、ぎこちなさがないわね。みんな、エンリケが全員での食事を復活したと思ってるのかしら?)
ベルシエラは胸の内で独り言を言った。ヴィセンテには筒抜けである。ふたりは心で会話している途中だったのだ。
(そうだろうね。伝えたのはトムだし、そこはいつもと変わらないから)
三度目のうっかり聞かれた独り言事故である。ベルシエラは情けなくなって乾いた笑いを漏らした。途端にエンリケがベルシエラを見る。
(こわっ!柔和な笑顔こわっ)
(ベルシエラ、大丈夫だから)
(ええー、大丈夫じゃないわよ。思い通りになってる時だけ余裕たっぷりの悪党は、状況が自分の手に負えなくなると何するか分かんないのよ)
(悪党って。そこまで言うのはあんまりだよ?)
ヴィセンテはやや不機嫌な顔をした。ベルシエラはヴィセンテにとって、当主としての覚悟を呼び覚ましてくれた人だ。だからこそ、自分を育ててくれた優しい叔父を、ベルシエラにも信頼して欲しかったのだ。恋をしたと言っても、所詮は一昨夜初めて会った新参者なのだ。
(家族にまで本家の家紋を付けさせて、自分は当主の席に座ってたような奴が悪党でなくてなんなのよ)
(確かに行き過ぎた所はあるけれども)
(ねぇエンツォ。信じたいのは分かるけど、魔法使いの流儀に悖る人物が、当主代理だなんて、魔法の旧家にあるまじき珍事だわ)
ヴィセンテはベルシエラの誇りに打たれた。
(魔法使いの流儀)
(そうよ。魔法使いは魔法が全て。情け無用の実力社会よ)
(それは、王宮で教わったのかい?)
ギラソル魔法公爵家の病弱な当主は身震いした。ベルシエラの手を握る指先に、僅かながらも力が籠る。
(ガヴェンに聞いてご覧なさいな)
(ああ、シエリータが仲良くしてる巡視隊には、ガヴェンもフランツ・プフォルツもいたな)
(ええ。指輪のファージョンに書籍のプフォルツ。その本家の嫡流よ)
(プフォルツは新しい家だけれども)
ヴィセンテは薄らと不快を表した。やはりヴィセンテはエンリケ叔父の差別意識に毒されている。
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続きます




