9 この夢には場面転換が無い
魔法を師匠無しで使えるようになるのは、稀代の天才であるようだ。ただベルシエラは、美空が知らない期間に誰かから習ったかも知れない。
(まあ、夢だし。分かんないけど、大丈夫でしょ)
呑気なベルシエラと違って、森番一家は色めきたった。
「えっ、王宮」
アレックスは絶句した。ディエゴはヒュッと息を呑んで動きを止めた。サラは腰を抜かして倒れそうになり、アレックスに支えられた。
「その実力なら、名前を賜るほどの魔法使いになれるかも知れないぞ」
隊長はほくほく顔である。少し息さえ弾んでいた。
「よきかな、よきかな」
厳つい顔立ちに風格を添えるカイゼル髭を捻り上げ、隊長はウンウンとひとり満足気だ。
「カッレとゲルダもなかなかだったが、ベルシエラほどの才能が森で眠っていたとはな」
どうやらこの御仁、逸材をスカウトすることが生き甲斐であるらしい。
「して、返答は?」
もうすぐ森に夜が来る。いくら魔法の灯りがあるとは言え、夜の森は危険である。夜には獰猛な獣物が徘徊するのだ。陰に潜んだ毒蛇や毒針を持つ虫たちも動き出す。巡視隊の滞在時間は短い。
ベルシエラはアレックスたちに視線を投げた。自分では判断が出来なかったからである。決断するには、情報が少な過ぎる。夢で暮らして数週間。毎日の活動は、春の狩場を検分して回るだけ。その他のことも場所も、何一つ知らない。
「どうする?ベルシエラ」
アレックスが聞いてくれた。
「どうしたい?」
サラもベルシエラの気持ちを尊重してくれる。ディエゴは黙って頷いた。そして励ますように、にこっと笑う。
隊長も忍耐強くベルシエラの返答を待っている。
(ええー。どうしたらいいかなぁ?)
ベルシエラは迷った。ようやく森の暮らしに慣れて来たところなのだ。ここの暮らしは変化が少なく、しかし刻一刻と森の表情は変わる。そんな環境が美空にはあっていた。田舎暮らしの経験がなかったので、自分にそんな一面があるとはまるで知らなかったのだけれども。
(ここを離れるのは嫌だけど、魔法を習うのは楽しそうだしなあ)
美空は、いっそ夢らしく急に場面が変わってくれたらいいのに、と思った。
「あの、恐れながら」
サラが慎重に口を開く。
「申してみよ」
隊長が厳かに促した。
「はい。少しだけ、家族で相談してもようございますか?ベルシエラはまだほんの小女ですから」
「分かった。だが、長くは待てぬぞ?夜になるからな」
隊長は拍子抜けするほどあっさりと、家族の申し出を受け入れてくれた。
「一旦出るぞ」
隊長に引き連れられて、巡視隊は扉の外に出る。残された家族は急いで話し合うのだった。
お読みくださりありがとうございます
続きます