87 ベルシエラはエンリケの妄言を指摘する
ヴィセンテはなんとか言葉を拾い集める。
(えっ、分からないや。エンリケ叔父様が小さい頃に分家で使った薬だって聞いてるけど、それ以上のことは)
(ふふ、それだけ分かれば、今は充分よ)
ベルシエラは腹に一物ある人の顔になる。ヴィセンテが少し怯えた。
(シエリータ?どうしちゃったの?)
(何でもないわ。今日はもう休みましょ。エンツォも疲れたでしょう?)
(うーん、もしかして、叔父様が気に食わない?エンリケ叔父様はシエリータに失礼なことばかりしていたけど、仕方ない部分もあるんだよ?)
ベルシエラの顔が強張った。ヴィセンテは慌ててベルシエラの手を握り返す。弱々しいが真心がこもった指先だった。
(けっして、シエリータが悪いなんて思ってないよ?あれはエンリケ叔父様がいけなかった)
(当然よ)
ベルシエラは不服そうに夫を見る。ヴィセンテはおろおろしだす。
(どこの世界に、当主を当主席に着かせない親戚が居るのよ。図々しいったらないわ)
(それは、何もかも任せていたから)
(普通、空けておくでしょう?だいたいエンリケは、様は)
ベルシエラは腹立ち紛れに呼び捨てにしかけたが、品位を保つのも大切だと思い直した。ソフィア王女の教育の賜物である。渋々様を付け加えた。
(臨時の代理人でしょう?法定後見人ですらないのに、本家の家紋までつけて)
(シエリータ、落ち着いて。それは、あちこちでギラソル魔法公爵セルバンテス家が侮られないようにって)
(それもエンリケ様に言われたんでしょう?)
(そうだけども)
(ほら、やっぱり)
ベルシエラが忌々しげに言葉を吐き出すと、ヴィセンテは必死でエンリケ叔父を庇い始めた。
(ぜんぶセルバンテス家のためなんだよ。僕が病人だから、代わりに城を守ってくれているんだ)
20年以上、信じて頼って来た人なのだ。ヴィセンテにとっては優しい叔父である。ベルシエラは事実だけを述べて、眼を覚まさせようと決めた。
(王家は、セルバンテスの杖なんか狙ってないわよ)
(いきなり何の話?急に飛んだね?)
(エンツォがエンリケ、様を庇うからよ。あの方がなさったおかしなことを、ちゃんとご覧にならなくちゃ)
(あ、いや、それは)
ヴィセンテも、初めはベルシエラを王家のスパイだと思っていたのだ。エンリケ叔父に出鱈目を吹き込まれて、王家が開祖の杖を奪うために庶民の嫁を送り込んで来たと思い込んでいたのだ。
(それだって)
(セルバンテス家のためだっていうの?王家を侮辱するような妄言を吐くことが?そんなことしたら、却ってお家お取り潰しになるんじゃないの?)
(妄言、うん、確かに証拠はないけども)
(でしょう?妄想だけで、王女様や王宮騎士団所属の巡視隊のみんなを、隅っこの席に着かせてたのよ?)
(それも、王家が疑わしいから)
(命が惜しくないのかしらね?どうかしてるわよ)
ヴィセンテは言葉につまる。ベルシエラはこの際全て言ってしまうことにした。
お読みくださりありがとうございます
続きます




