84 岸辺の誓い
隊長は、大きくひとつ深呼吸をした。それから膝を曲げてソフィア王女の両肩に手を置く。月夜に映える美しい菫色の瞳を、星と見紛う銀を散りばめた藍紫の眼が覗き込む。その眼差しは真剣で、甘さの欠片もなかった。
「な、何よ?」
今度はソフィア王女のほうが困惑した。王女にあるまじき振る舞いを叱責されるのかと身構えた。それも、よりによって20年近く恋い慕い続けた相手に。
「それは、つまり、俺がソフィア王女様に縁組を申し込んでも良いという意味でしょうか?」
「はっ?」
王女は脱力した。隊長がガックリと肩を落とす。
「いえ、忘れてください、お恥ずかしい。思い上がった勘違いをしてしまいました」
王女はポカンと聞いている。
「でも、それでは、お許しとか、王命は嫌とか、あれは一体何の話です?」
とうとう王女は大笑いした。お腹を抱えてしばらく苦しそうに笑っている。隊長はますますしょぼくれて暗い顔になる。
「アハハハハ!どこまで堅物なのよ!それ以外にどんな意味があるっていうの?ねえ、分かったなら、さっさと申し込みなさいな!」
「え?じゃあ、本当に」
「本当よ!何度も言わせないで」
隊長はまじまじとソフィア王女を見た。夢ではないと確かめるように瞼をパチパチと上げ下ろしする。もうすっかり上機嫌になったソフィア王女は、勝ち誇って見上げてくる。
隊長は突然破顔した。ソフィア王女は心臓に衝撃を受ける。
「ソフィ!結婚しよう!」
いきなりの言葉は、予想外の内容だった。ソフィア王女はてっきり、隊長がひざまづいて仰々しく愛を請うかと思っていたのだ。
「何です?答えてはくださらないのですか?」
隊長は嬉しそうにカイゼル髭を捻りあげた。
「なによ、いきなり!心臓に悪いわね」
隊長はにこにこしている。
「それで?お返事は?」
「はい!当然はいです!結婚しましょう、あたくしのカチョッロ、星の仔犬ちゃん、素敵なペピート!」
隊長は逞しい腕でソフィア王女を抱き寄せる。そのまま顔を近づけて、そっと唇に触れた。2人の瞼は閉じたまま、静かに顔を離すと、しばらく川辺で立ち尽くしていた。川風が2人の髪を撫でてゆく。
やがて隊長が目を開けた。
「ソフィ」
「はい」
隊長の生真面目な呼びかけに、ソフィア王女も居住まいを正した。
「エルグランデ王国王女ソフィア・エミリア・ラモナ様。わたくしエストレーリャ領主並びにマルケス領主、伯爵アレッサンドロ・ホセ・マルケスは、熊と剣との家紋にかけて、貴女と並び立つことを誓います。いついかなる時にも貴女と助け合い、共に歩み、愛し合うことを誓います。共に幸せを探し、絶えず互いを尊重し、国と民とが栄えるように、手を取り合って進むことを誓います」
隊長は淡々と誓いの言葉を述べた。
「力と技を極めたその先に、俺たちの幸せはきっとある」
隊長は胸の家紋に手を置いて、家訓にも誓いをたてた。ソフィアは感動して隊長にしがみつく。
「末永くよろしくお願いします!」
「まずは、首都に着いたら正式な申し込み状を準備しないとな」
「ええ!待ってるわ!」
ソフィア王女の輝く笑顔を見て、隊長は再び王女に唇を寄せた。
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