83 隊長は堅物
ソフィア王女は止まらない。
「ああもう。あのね、あたくしだっていつまでも若くないのよ。塔が建って子供を持てない女なんて、貰い手がなくなるの。売れ残り王女なんて言われるのは嫌よ」
「そんなことを言う不届者には、俺が厳しく言い聞かせますよ」
「そういう話をしているんじゃなくてよ!」
「じゃあ、どういう話ですか」
とうとう隊長も苛立ち始めた。
「貴方が貰ってくださらないから、貴方と会うことのない遠くに嫁ぐのよ」
「そんな仰りようは、いくらなんでも酷すぎませんか」
「酷いのはそっちじゃないの」
「どうしてですか」
「どうしてって!」
ソフィア王女は呆れて言葉を失った。
王女は大きく息を吐き出すと、跳び上がって隊長の首に腕を回して頭を下げさせる。
「ぐえっ、何をなさる!」
2人の顔がぐっと近づいた。隊長が仰け反るのと同時に、ソフィア王女が両手を離す。
「やめ、やめ、やめ」
「何ですか、本当に」
「今まであたくしの幼稚な恋人ごっこにお付き合いくださり、ご苦労だったわね」
「今度は何を」
隊長は益々訳が分からない。
「貴方の初めての口付けを奪ってやろうと思ったんだけど」
爆弾発言に、隊長は真っ赤になって口を押さえた。
「しないわよ!貴方のことですもの。そんなことしたら、あたくしにも、未来の奥様にも、罪悪感を抱いて死にそうに悩むでしょ」
ソフィア王女は腕を組んで仁王立ちになった。
「あたくし、去ってまでひと様の夫の心に居座り続ける性悪な昔の女になりたくないの」
「え?いや、え?」
「ここで口付けの一つも奪えたら、あなたはあたくしを忘れませんでしょ。あたくしのホセは、融通の効かない堅物ですもの」
「ちょっと、さっきから、何ですか、はしたない」
「ここまで言っても解らないから、あたくし、とうとうお嫁に出されちゃうんじゃないのよ!この、コチコチ頭ッ!」
隊長はたじたじである。唖然としてソフィア王女を見下ろした。
「はあ。弱虫の方がまだマシよ。勇気を出せばいいだけですもの。なんなの。このまっ四角な堅物は。ギラソル領の岩山のほうが、もうちょっとは柔らかいんじゃないかしら?ペピートだって、あたくしのこと、好きなくせに!」
「はっ?いやっ?そのっ?」
隊長は首まで赤く染まった。
「いいわよ、もう。疲れたわ」
「王女様」
宥めるような隊長の声に、ソフィア王女は苦い笑顔を溢す。
「いいのよ、あたくし、どうかしてたわ」
「王女様、ひとつ、うかがっても?」
王女が落ち着いたと見て、隊長は静かに質問した。
「何?」
王女は全身から疲労感を醸し出す。
「王様のお許しがあるのに王命が嫌だとは、つまり、その、もしや」
「もういいったら、これ以上惨めにしないでちょうだい」
隊長も冷静になってきた。驚きと戸惑いが去り、ようやく真実と向き合い始める。
「よくありません」
月夜の川面を、隊長のやけにはっきりとした声が渡っていった。
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