82 王女の気持ち
笑い終わると、ソフィアは気になっていたことを聞いた。
「ねえ、マルケス、あの木の根元で何なすってたの?」
「睡眠をとっておりました」
「あんなところで?ひとりで?」
「はい。今夜は初めてひとりで野営の練習を許されたのです」
「まあ!すごい。あたくしも早くひとりで野営してみたいわ!今夜はお兄様と参りましたのよ。」
マルケス少年はにこりと表情を崩した。
「王女様でも野営の練習をなさるのですね」
「ええ、するわよ。安心なさい、マルケス。魔物が攻めて来たら、民はこの手で守りますわよ」
凛々しく宣言する幼いソフィアに、マルケス少年は再び膝をつく。
「その折りには是非、臣もお供させていただきたく存じます」
「そうね!許します。月の川を素早く渡る仔犬ちゃんだもの。頼もしいわ」
「勿体ないお言葉にございます」
それからソフィアは少年の肩を軽く叩く。
「私もあの木まで行きたいわ」
「夜ですから、足元にお気をつけて」
「大丈夫よ!野営は初めてだけど、夜の川なら渡ったことがあるの」
「それでも」
「心配症ね」
ソフィアは笑いながら軽やかに走る。ソフィア王女が岩を踏む度にパシャパシャと爽やかな水音が立つ。マルケス少年も後を追う。
やがて木の下に辿り着くと、2人は脚を投げ出して座った。
「ソフィアはお祖父様からいただいたの。賢くなるように、って。エミリアはお祖母様のお名前。ラモナは始祖王に使えた賢者の名前よ。マルケスにはソフィって呼んでほしいな。家族はみんなそう呼ぶのよ」
「まさか、そんな大それたことはできません、ソフィア王女様」
「堅苦しいのは嫌いよ」
「お赦し下さいませ、王女様」
ソフィアはがっかりして口を尖らせた。
「ふん、王女なんてつまんないわね。お友達から気安く呼んでも貰えないなんて」
ソフィアは細い眉を寄せる。
「まあ、いいわ。それで、あなたのことは何て呼んだらいい?」
「マルケスと」
「もう、堅苦しいのね。それで、貴方のお名前はどなたからいただいたの?」
「アレッサンドロはご先祖さまから、ホセは両親の恩人からです。とても立派な方だと伺っております」
「尊敬なさってるのね」
「はい、とても」
それから2人はたわいのない話をたくさんした。ソフィアの兄王子が呼びに来るまで、ずっと話し続けていた。
「よかった。忘れてなかったのね」
ソフィア王女に幸せそうな笑顔を向けられて、隊長は気まずそうに目を逸らした。
「遠く美しい想い出です」
「そう」
ソフィアの笑顔が曇る。それから、何でもないことのように告げた。
「半年後、遠い国へ旅立つわ」
隊長の厳つい眉がピクリと動く。
「おめでとうございます」
「酷い方ね。あたくしの気持ち、ずっとご存知だったくせに。あの月夜の岸辺で出会った日から、ずっとずっと」
「いけません!」
隊長は遮った。しかし王女は黙らなかった。
「そんなに弱虫だなんて、思わなかったわ!お父様にもお願いしてたのよ。王命はやめて、って」
「え?」
「なによ、卑怯者!」
「え、王女様?」
隊長は困惑している。
「ロドリゴ四世のお許しもあるの!あとは貴方がそのカビ臭い忠義を捨てるだけなの!」
ソフィア王女の目が吊り上がる。先ほどまでのしおらしさはどこへやら、癇癪を起こした幼児のようだった。
「いや、何の話ですか」
隊長は全く話について行けない。
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