81 幼馴染は月の川を渡る
ソフィア王女は月光の踊る川に顔を向けた。
「ねえ、覚えてる?」
問われて隊長も夜の川を見た。
「ああ」
隊長は思わず嘆息した。厳格な顔に憧憬が過ぎる。ソフィア王女は刹那希望に上気した。
「王女様と出会ったのも、こんな月夜の流れでしたね」
和らいだ表情に勇気を得て、ソフィア王女は畳み掛ける。
「そうよ。思い出してくれたのね?」
隊長は困ったように笑うと、しゃがんでひとつ小石を投げた。小石は青緑色に光り、ポチャンと水に沈んで行った。
触れ合うことなく寄り添って、ふたりは川を眺めている。幼かった日の幻を共に観ているようだった。
その夜王女は歳の離れた兄に連れられて、初めての野営に興奮していた。夜食を食べても落ち着かず、夜の岸辺を駆け回っていた。向こう岸には大木があり、魅惑的に枝を揺らしている。
「あら?何かしら?」
根本から小さな影がむくりと起き上がる。
「魔物?」
幼い王女は腰に帯びた剣を抜く。影は身軽に川の岩を跳び、あっという間にこちらまで来た。
「君はどなたです?月の剣士さまですか?」
月の剣士は御伽話だ。月光から生まれた妖精の少女剣士で、子供たちを魔物から守ってくれる。
「あら!あたくしのこと、女の子ってわかった?」
「分かりますよ、月の剣士さま」
「やあね!それじゃあなたは、剣士に恋した星の仔犬かしら?」
魔物かと疑った影は、きちんと撫で付けた髪を後ろで束ねた少年だった。ほっそりと華奢で、少女のような顔立ちをしていた。
「それとも、あなたこそ、月の剣士さまなのかしら?」
「やだなぁ、私は、男ですよ」
「ふふ、そうなの?ねえ、お名前は?あたくしはソフィア・エミリア・ラモナ。お父様はロドリゴ四世と申します。ご存知?」
小さな紳士は固まった。
「えっロドリゴ四世、国王様」
「そうよ!ご存知なのね!」
ソフィアは無邪気な笑顔を見せた。小さな紳士は赤くなりながらも、膝をついて臣下の礼を行った。
「ちょっと辞めてよ!」
ソフィアはびっくりして少年を立たせようとする。
「ねえ、お名前教えてよ。美しい星の仔犬さん」
少年が渋々立ち上がると、ソフィアはせっかちに聞いた。
「マルケス伯爵が長子、アレッサンドロ・ホセ・マルケスと申します」
「まあ!熊さん公爵のご長男?ええっ?ちっとも似てらっしゃらないのね!お母様似なのね!」
ソフィアは朗らかに笑った。少年は笑われても嫌な気がしなかった。ソフィアの笑顔も笑い声も、明るくていいな、と感じたのだ。
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