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貴方は私が読んだ人  作者: 黒森 冬炎
第五章 太陽の大地と魔法の民
80/247

80 わたしの仔犬ちゃん

 ベルシエラたちが氷の盃について話していた頃、ソフィア王女は護衛を引き連れて優雅な馬車で移動していた。その後ろには、巡視隊が沓を並べて付き従った。首都までの距離はかなりある。宿があるところばかりではない。途中の川辺で一泊しなければならなくなった。


 隊長は夕食後、川辺を検分しながら歩いていた。後からソフィア王女がやって来た。


「王女様、また、共も連れずに!」

「すぐそこにみんな居るじゃない。貴方もここに居らっしゃいますしね」

「いらっしゃるだなんて、畏れ多い」


 ソフィア王女は悲しそうに隊長を見上げた。



 すらりと伸びたしなやかな脚は、上質な乗馬ズボンに包まれている。旅の途中何かあったら逃げやすいように、ドレスは選択しなかったようだ。


 足を出す度に月光が衣服の皺に流れて小さな滝のようである。王女の栗毛は月明かりに緑がかって幻想的だ。菫色の瞳も暗く夜に沈んでどこか妖艶な色を見せている。


 隊長は黙って空に目を移す。胸当てだけの簡易鎧がぼんやりと月夜に浮かぶ。熊と剣との家紋が大きく胸に彫られている。


カチョッロ(仔犬ちゃん) ミオ(私の)


 ソフィア王女が呟いた。その声は苦しそうで、隊長は慌てて王女に視線を戻す。まっすぐに隊長を見上げると、王女は急に伸び上がる。


「王女様?」


 戸惑う隊長の鎧に、ソフィア王女が両手を当てた。たおやかな仕草だが、その手は武人の手であった。地道な努力が現れた、分厚くふしくれだった両手であった。



 2人は月夜の岸辺で立ち止まる。


「ソフィ、って呼んでよ」


 王女は不貞腐れたように呟く。


「できません」


 隊長は静かに答えた。


「一度でいいのよ。今夜、いまだけ、たったの一度でいいから。ね、ソフィって読んでよ、ペピート」

「いけません。貴女は王女様なのですよ」


 ソフィアは踵を下ろして俯いた。


「意地悪」


 王女の手が力無く鎧から離れた。


「意地悪ではありませんよ。臣に不敬を働かせるおつもりか?」

「もう、クソ真面目」

「王女様、お言葉が」


 隊長は嗜める。だが、声には気遣いが見えた。いつもの軽口のようでいて、王女の辛そうな様子は気にかかる。



 ふたりは向き合ったまま、しばらく黙って立っていた。夜風が川面を渡ってゆく。虫の音が高く聞こえていた。今日抜けて来た森では、夜鳴く鳥が魂を引き裂くような声をあげている。


 ソフィア王女はすっと品の良い顔を上げた。


「待っていたのよ」


 ソフィアの声は瀬音に紛れて妖精の歌のように響く。隊長は微かに髭を震わせた。


「いくじなし」


 ソフィアの目尻に堪えきらない雫が光った。隊長は厳つい手袋を外して、素早く親指で王女の目元に触れた。


「ご無礼をお赦し下さい」

「何よ!泣かせてもくれないのね」


 溢れることも許されなかった涙の為に、ソフィアは小声で抗議した。途方に暮れる隊長を見て、王女は少し意地悪そうに微笑んだ。


「ふふっ、いい気味だわ」


 隊長は何と答えて良いか分からずに、王女の様子を眺めていた。


お読みくださりありがとうございます

続きます


閑話

ヨーロッパ人の愛称


日本人からするとびっくりするような短縮形は多い

そこ?そこ切り取ったん?

というやつ。

綴り見て納得はするが驚く。


中でもjoseの愛称pepe, pepi, pepitoの系統は、日本人でなくとも驚くらしい

スペイン人名joseは、スペインに入った時josepという綴りだったという説が有力だとか

josep, josepe, josephやjosephe がpepeになるのは論理的帰結である

日本人にはなかなか想像しにくいのだが、理にかなった愛称なのである


俗説に、ラテン語の「恐らく父」の頭文字を取ってp.pからというものがあるそうだ

これは出所不明の俗説で、与太話としては面白い

イエスキリスト(神の子)の養父(地上の父)聖ヨハネはマリアの夫であるため、このような俗説が出たというコラムを読んだことがある

他で見かけたことがないので、ライターの創作かもしれない


vicente→enzo もなかなかに衝撃的である

ente→enti→entio→enzo

綴りを見れば、論理的に指小辞が追加されて音便により変化したのだと理解できる


アレクサンドラ→サーシャ

ニコライ→コーコー

エリザベス→サベット

なども綴りを見ないと何で?となる


見てもやっぱり、どうしてそこ切り取った?となる

ヨーロッパ人の感性はやはり日本人とは違うのである

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