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貴方は私が読んだ人  作者: 黒森 冬炎
第四章 白銀の月と黄金の太陽

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78 氷盃の銀雪

「ほら、ぼけっとしてないで、食べなよ」


 グイッと差し出される白銀の雪を、アラリックは指で掬い取る。口に入れると清浄な空気が鼻に抜けていった。カラカラだった喉も、棘が掠って腫れていた脇腹も、すーっと痛みが引いてゆく。


 アラリックは恐る恐る氷の盃を受け取った。


「こんな凄いものを貰っていいのかい」

「あんたまさか、魔法使えないの?こんなの、チビだって使う魔法じゃないか」


 乙女は不思議そうに言った。



 そこへ、乙女とよく似た大人が数人やって来た。


「ルナ、何してる?」

「おいっ、誰だ、それは?」

「ああ、ここで倒れてたんだよ」


 大人たちの顔がこわばった。


「貴様、渡来人だな?」

「気味の悪い眼をしているぞ」

「さては、魔物か?」


 アラリックは慌てて否定する。


「魔物じゃありません。魔法は使えません。この大陸で生まれたようです。俺は捨て子だったそうです」


 一気に捲し立てるアラリックを、大人たちが険しい顔でじろじろと調べる。


「渡来人の子か。海の向こうじゃこんな眼もあるんだな」



 アラリックから見れば、ここにいる人々の銀色の眼こそ見たことがない色だった。ただ、アラリックの眼に宿るオーロラは、今まで会った人間の誰にも同じ物が見えなかった。そのことは黙っておいた。


(俺は魔法なんか使えないし、人間だよな?銀の眼をして魔法を使う人間だっているんだし)


 アラリックは大人たちの視線に居心地悪そうにもじもじした。


「棘にやられたみたいだよ」


 乙女が一言添える。大人たちは、床に落ちた水筒に眼を止めた。棘の刺さった焚き火の燃え差しも見た。



「仲間はいるのか」

「もうだいぶ前に、雪原で逸れた。魔物に襲われたんだ」


 大人たちは顔を見合わせ、ため息をついた。


「見殺しにするわけにもいかないか」

「仕方ない」

「魔法も使えない渡来人なんか、面倒見ることになるとはな」

「ほら、ついて来い」

「もう歩けるだろ」


 大人たちは口々に言って、洞窟の奥へと進む。


「ありがとう!」


 丁寧な言葉など知らないアラリックは、満面の笑みで答えた。乙女がまた頬を染める。その様子をアラリックは可憐だと思った。



 洞窟の中を上ったり下ったりしながら歩いてゆくと、どんどん寒くなってきた。やがて壁が凍り始め、いつのまにか一面氷の洞窟になっていた。


 アラリックは滑らないように気をつけながら、おっかなびっくり足を出す。


「アハハ!ほんとに赤ちゃんみたいだねえ」

「笑わないでくれよ。慣れないんだから」

「アハハ!」


 ルナと呼ばれた銀の乙女に笑われて不貞腐れながら、アラリックは集落のような場所に着いた。分厚い布が下がった入り口がぐるりと並ぶ、天井の高い場所である。真ん中に、茶色い木の棒が立っていた。


「ずいぶん大きな棍棒だなあ」


 アラリックがひとりごちる。飾り気のない棒なのだが、妙に惹かれるものがある。


「はっ?杖神様に何を言うの」


 ルナが眼を三角にして怒った。


「杖神様?」


 アラリックは夢見心地で棒を見た。


「なんだ?」

「うわぁ!」


 大人たちが腕で顔を覆った。杖神様の周りにオーロラが降りて来たのだ。揺れるカーテンは眩い七色の光を放つ。アラリックも眼を細めた。大人たちが更に騒ぎ出す。


「ええっ」


 杖はオーロラに包まれて氷の台座から抜けた。そして、シューッと風を切ってアラリックの元へとやって来たのである。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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