78 氷盃の銀雪
「ほら、ぼけっとしてないで、食べなよ」
グイッと差し出される白銀の雪を、アラリックは指で掬い取る。口に入れると清浄な空気が鼻に抜けていった。カラカラだった喉も、棘が掠って腫れていた脇腹も、すーっと痛みが引いてゆく。
アラリックは恐る恐る氷の盃を受け取った。
「こんな凄いものを貰っていいのかい」
「あんたまさか、魔法使えないの?こんなの、チビだって使う魔法じゃないか」
乙女は不思議そうに言った。
そこへ、乙女とよく似た大人が数人やって来た。
「ルナ、何してる?」
「おいっ、誰だ、それは?」
「ああ、ここで倒れてたんだよ」
大人たちの顔がこわばった。
「貴様、渡来人だな?」
「気味の悪い眼をしているぞ」
「さては、魔物か?」
アラリックは慌てて否定する。
「魔物じゃありません。魔法は使えません。この大陸で生まれたようです。俺は捨て子だったそうです」
一気に捲し立てるアラリックを、大人たちが険しい顔でじろじろと調べる。
「渡来人の子か。海の向こうじゃこんな眼もあるんだな」
アラリックから見れば、ここにいる人々の銀色の眼こそ見たことがない色だった。ただ、アラリックの眼に宿るオーロラは、今まで会った人間の誰にも同じ物が見えなかった。そのことは黙っておいた。
(俺は魔法なんか使えないし、人間だよな?銀の眼をして魔法を使う人間だっているんだし)
アラリックは大人たちの視線に居心地悪そうにもじもじした。
「棘にやられたみたいだよ」
乙女が一言添える。大人たちは、床に落ちた水筒に眼を止めた。棘の刺さった焚き火の燃え差しも見た。
「仲間はいるのか」
「もうだいぶ前に、雪原で逸れた。魔物に襲われたんだ」
大人たちは顔を見合わせ、ため息をついた。
「見殺しにするわけにもいかないか」
「仕方ない」
「魔法も使えない渡来人なんか、面倒見ることになるとはな」
「ほら、ついて来い」
「もう歩けるだろ」
大人たちは口々に言って、洞窟の奥へと進む。
「ありがとう!」
丁寧な言葉など知らないアラリックは、満面の笑みで答えた。乙女がまた頬を染める。その様子をアラリックは可憐だと思った。
洞窟の中を上ったり下ったりしながら歩いてゆくと、どんどん寒くなってきた。やがて壁が凍り始め、いつのまにか一面氷の洞窟になっていた。
アラリックは滑らないように気をつけながら、おっかなびっくり足を出す。
「アハハ!ほんとに赤ちゃんみたいだねえ」
「笑わないでくれよ。慣れないんだから」
「アハハ!」
ルナと呼ばれた銀の乙女に笑われて不貞腐れながら、アラリックは集落のような場所に着いた。分厚い布が下がった入り口がぐるりと並ぶ、天井の高い場所である。真ん中に、茶色い木の棒が立っていた。
「ずいぶん大きな棍棒だなあ」
アラリックがひとりごちる。飾り気のない棒なのだが、妙に惹かれるものがある。
「はっ?杖神様に何を言うの」
ルナが眼を三角にして怒った。
「杖神様?」
アラリックは夢見心地で棒を見た。
「なんだ?」
「うわぁ!」
大人たちが腕で顔を覆った。杖神様の周りにオーロラが降りて来たのだ。揺れるカーテンは眩い七色の光を放つ。アラリックも眼を細めた。大人たちが更に騒ぎ出す。
「ええっ」
杖はオーロラに包まれて氷の台座から抜けた。そして、シューッと風を切ってアラリックの元へとやって来たのである。
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