77 洞窟の出会い
とにかく寝床を探そうと、アラリックは森を目指す。森には魔物の他に獣もいる。森から続く山には猛禽も住む。その山は中腹が岩だらけの禿山だった。アラリックには棍棒しかない。武器以外なら、懐には火打石があり、動物の胃袋で作った水筒もある。
彼には刃物がなかったので、罠や投石で動物を捕まえた。手に入れた動物は火で炙って尖らせた枝で血抜きをし、後はひたすら焼いて毛や皮を落とし少量の肉を食べた。森の木の実や野草の知識も旅するうちに身についていたので、飢えずにすんだ。
夜、開けた場所に火を起こして休んでいると、ガサガサと大きな音がした。アラリックは棍棒を握りしめて立ち上がる。音は暗がりを移動する。姿を見せずに音だけが動いてゆく。
アラリックの額にたらりと一筋汗が流れる。口の中が乾いて来た。
(大きな魔物だったらどうしよう。魔物は火を恐れない奴が多いし、棍棒と石と火だけじゃ太刀打ち出来ない)
アラリックは暗闇に眼を凝らす。音の方へ身体を向けると、真正面から紫色の棘が飛んできた。アラリックは咄嗟にはいつくばって、座っていた倒木の陰に隠れた。棘は焚き火に落ちて、毒々しい煙をあげた。倒木にも刺さる。生えていた苔がみるみる枯れた。
(どうしよう)
アラリックは震えながら地面に臥していた。ガサガサは激しくなって、横方面へと周りこむ。アラリックは開けた場所にいた。倒木以外に盾となる物はない。焚き火に落ちた棘が出す煙は、刺激の強い匂いがする。少し吸い込んだだけでも気分が悪くなった。
(えい、ままよ)
アラリックは棍棒を腰に差すと、燃え盛る薪を両手に持って音のしない方へと飛び出した。後ろから棘が降ってくる。間一髪でアラリックは森に逃げ込んだ。
火が周囲に燃え移らないように気をつけながら、アラリックは森をゆく。ガサガサが追ってくる。時折棘も飛んできた。一晩中歩いて、アラリックは禿山の洞窟に辿り着いた。
被っていたフードは脱げて、癖のない金色の髪が汗で額に張り付いていた。湿ってもなお、太陽のように輝く黄金の髪であった。
(ふーっ、ここには魔物が居ないといいけど)
アラリックは喉がカラカラだった。腰の水筒を持ち上げると、紫色の棘が刺さっていた。穴が空いて中身はからっぽ。
例え残っていたとしても、毒が溶け出して飲めなかっただろう。周囲は岩だらけ。真冬の山で薪も燃え尽きた。夜は明けたが気温は低い。
(困ったなあ)
薄灰青の瞳の中でオーロラのような光が揺らめいた。
「ちょっと、大丈夫?」
突然、背後から低く柔らかな乙女の声がした。聞いたことのない言葉であるのに、何故かはっきりと意味が解った。振り向くと、まっすぐな銀色の髪を背中に流した美しい人が立っていた。アラリックは見惚れて声を失った。
「大丈夫じゃないみたいね」
乙女はそのまま洞窟の奥へと取って返す。アラリックは夢でも見たのだろうと思った。それほどに乙女は麗しい姿をしていたのだ。彼女の瞳は銀色だった。
(あんな眼をした人間は見たことがない。だけど、魔物ではないようだ)
魔物は、自然ではない力を使う生き物である。羽もないのに浮き上がったり、何もないところから氷の礫を飛ばして来たり、炎を吐いたり、目から熱線を出したりするのだ。獣や鳥、虫などの姿をしたものもあれば、植物に見えるものもいる。魔物の使う恐ろしい力は、魔法と呼ばれていた。
しばらくすると、乙女が戻って来た。氷を削った器に雪のようなものが入っている。
「水筒、やられたみたいだから。浄化した雪だから、毒にも効くよ」
美しい声だが、ぞんざいな口調であった。そのギャップが可笑しくて、アラリックは枯れた声で笑った。乙女が顔を赤くする。
「笑うといい感じだね」
「えっ、ありがと」
「喋んないほうがいいよ。まずはこれ食べて」
乙女は氷の器を差し出してくる。
「や、手に張り付くんじゃ」
「魔法かけてるから大丈夫だって」
「魔法。そういえばさっきも浄化って。第一なんで意味が伝わるんだ?知らない言葉が聞こえているのに」
アラリックは青くなる。
「何、魔法が怖いの?赤ちゃんみたい」
乙女はカラカラと笑った。アラリックは、洞窟一面に花が咲いたのかと錯覚した。
お読みくださりありがとうございます
続きます




