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貴方は私が読んだ人  作者: 黒森 冬炎
第四章 白銀の月と黄金の太陽

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77 洞窟の出会い

 とにかく寝床を探そうと、アラリックは森を目指す。森には魔物の他に獣もいる。森から続く山には猛禽も住む。その山は中腹が岩だらけの禿山だった。アラリックには棍棒しかない。武器以外なら、懐には火打石があり、動物の胃袋で作った水筒もある。


 彼には刃物がなかったので、罠や投石で動物を捕まえた。手に入れた動物は火で炙って尖らせた枝で血抜きをし、後はひたすら焼いて毛や皮を落とし少量の肉を食べた。森の木の実や野草の知識も旅するうちに身についていたので、飢えずにすんだ。


 夜、開けた場所に火を起こして休んでいると、ガサガサと大きな音がした。アラリックは棍棒を握りしめて立ち上がる。音は暗がりを移動する。姿を見せずに音だけが動いてゆく。


 アラリックの額にたらりと一筋汗が流れる。口の中が乾いて来た。


(大きな魔物だったらどうしよう。魔物は火を恐れない奴が多いし、棍棒と石と火だけじゃ太刀打ち出来ない)


 アラリックは暗闇に眼を凝らす。音の方へ身体を向けると、真正面から紫色の棘が飛んできた。アラリックは咄嗟にはいつくばって、座っていた倒木の陰に隠れた。棘は焚き火に落ちて、毒々しい煙をあげた。倒木にも刺さる。生えていた苔がみるみる枯れた。


(どうしよう)


 アラリックは震えながら地面に臥していた。ガサガサは激しくなって、横方面へと周りこむ。アラリックは開けた場所にいた。倒木以外に盾となる物はない。焚き火に落ちた棘が出す煙は、刺激の強い匂いがする。少し吸い込んだだけでも気分が悪くなった。


(えい、ままよ)


 アラリックは棍棒を腰に差すと、燃え盛る薪を両手に持って音のしない方へと飛び出した。後ろから棘が降ってくる。間一髪でアラリックは森に逃げ込んだ。


 火が周囲に燃え移らないように気をつけながら、アラリックは森をゆく。ガサガサが追ってくる。時折棘も飛んできた。一晩中歩いて、アラリックは禿山の洞窟に辿り着いた。


 被っていたフードは脱げて、癖のない金色の髪が汗で額に張り付いていた。湿ってもなお、太陽のように輝く黄金の髪であった。


(ふーっ、ここには魔物が居ないといいけど)


 アラリックは喉がカラカラだった。腰の水筒を持ち上げると、紫色の棘が刺さっていた。穴が空いて中身はからっぽ。

例え残っていたとしても、毒が溶け出して飲めなかっただろう。周囲は岩だらけ。真冬の山で薪も燃え尽きた。夜は明けたが気温は低い。


(困ったなあ)


 薄灰青の瞳の中でオーロラのような光が揺らめいた。



「ちょっと、大丈夫?」


 突然、背後から低く柔らかな乙女の声がした。聞いたことのない言葉であるのに、何故かはっきりと意味が解った。振り向くと、まっすぐな銀色の髪を背中に流した美しい人が立っていた。アラリックは見惚れて声を失った。


「大丈夫じゃないみたいね」


 乙女はそのまま洞窟の奥へと取って返す。アラリックは夢でも見たのだろうと思った。それほどに乙女は麗しい姿をしていたのだ。彼女の瞳は銀色だった。


(あんな眼をした人間は見たことがない。だけど、魔物ではないようだ)


 魔物は、自然ではない力を使う生き物である。羽もないのに浮き上がったり、何もないところから氷の礫を飛ばして来たり、炎を吐いたり、目から熱線を出したりするのだ。獣や鳥、虫などの姿をしたものもあれば、植物に見えるものもいる。魔物の使う恐ろしい力は、魔法と呼ばれていた。



 しばらくすると、乙女が戻って来た。氷を削った器に雪のようなものが入っている。


「水筒、やられたみたいだから。浄化した雪だから、毒にも効くよ」


 美しい声だが、ぞんざいな口調であった。そのギャップが可笑しくて、アラリックは枯れた声で笑った。乙女が顔を赤くする。


「笑うといい感じだね」

「えっ、ありがと」

「喋んないほうがいいよ。まずはこれ食べて」


 乙女は氷の器を差し出してくる。


「や、手に張り付くんじゃ」

「魔法かけてるから大丈夫だって」

「魔法。そういえばさっきも浄化って。第一なんで意味が伝わるんだ?知らない言葉が聞こえているのに」


 アラリックは青くなる。


「何、魔法が怖いの?赤ちゃんみたい」


 乙女はカラカラと笑った。アラリックは、洞窟一面に花が咲いたのかと錯覚した。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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