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貴方は私が読んだ人  作者: 黒森 冬炎
第四章 白銀の月と黄金の太陽

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75 ベルシエラは夫を訪問する

(散歩に出るにはまだちょっと辛くて。呼びつけたりして失礼だとは思うんだけど)


 あらと言ったきり返事のないベルシエラに、ヴィセンテは言い訳するように言葉を継いだ。


(あ、いえ、違うのよ。月を見ようとお誘い下さるなんて、思っても見なかったから)

(嫌?)

(まさか。嬉しいわ。喜んで伺います)


 会話の向こうで、明らかにほっとした気配が漂う。ベルシエラの頬が思わず弛む。


(よかった!今夜の月は刃のようで、始まりの夜の話をするのに相応しいと思ってね)

(始まりの夜?確かに鎌みたいな銀の月だけど)

(知りたいでしょ?早くおいでよ)

(分かったわ。すぐに向かいます)

(うん。待ってるよ)



 ベルシエラはまだ寝る支度をしていなかった。そこで、素早く髪や服の袖や裾を整えただけで足速に自室を後にした。この城でダマ・ドノールと呼ばれるお付きの者たちには声をかけなかった。そもそも、ベルシエラにお付きの者がいるのかどうかすらあやしい。


(その辺は、明日改めて話してみましょう)


 ベルシエラは灯りの少ない石造りの廊下を進む。細長くくり抜いた廊下の窓は、銀の光を城の中へと流し込む。今夜は晴れて星も綺麗だ。


(今頃はエンツォもこの空を眺めているのね)


 そう思うと、ベルシエラは急に気恥ずかしくなるのだった。



 ヴィセンテの部屋を護るのは、エンリケ叔父の息がかかった魔法使いだ。護るというより見張る為に立っている。案の定ベルシエラは無視される。


(上等よ。魔法使いのやり方で対応させていただくわ)


 ベルシエラはにこりと笑う。不穏な空気を察知して、魔法使いは身じろぎした。


「ギラソル魔法公爵様に公爵夫人の来訪を取り次ぎなさい」


 これは単なる命令ではない。ベルシエラは武器になる人差し指を突きつけ、魔法の力を込めて取り次ぎを要求した。力の差は歴然としている。魔法使いは悔しそうに従った。



 部屋に入ると、枕元にトムがいた。


「何を勝手に」


 トムが入り口へ走ろうとする。


「よく、来たね」


 ヴィセンテは起き上がれないままだが笑顔で迎えた。


「ヴィセンテ様!お身体に障ります。このように非常識な訪問をお許しなされては、卑しい者が増長致しまするぞ」

「トム、控え、よ」

「ヴィセンテ様!」


 不満を露わにするトムは、ヴィセンテに追い払われてしまった。おそらくは、その足でエンリケ叔父への報告に走るのだろう。とりあえずは、したいようにさせておく。



「お招きありがとうございます」


 ベルシエラは丁寧に挨拶をした。ヴィセンテはトムが立っていた辺りにある椅子を指す。青白い指が示すのは、毛足の揃ったビロード張りの椅子だった。


「掛けて」

「はい、ありがとうございます」


 ベルシエラに椅子を勧めて、ベッド脇の紐を引いた。何回か引いている。ベルシエラが興味深そうに見ていることに気づいて、ヴィセンテは尋ねた。


「呼び鈴の、合図、もう、習った?」

「いえ、引き方に決まりが?」

「一覧、後で、あげる」

「ありがとうございます」


 ヴィセンテは満足そうに微笑む。頬はこけて眼は落ち窪んでいるが、幸せに包まれて眩しいほどだった。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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