74 刃のような銀の月
ヴィセンテが伝えてくるしょんぼりとした心の声に、ベルシエラは心配そうに答えた。
(どうしたの?)
(ちょっと疲れちゃって。起きられないんだ。はは、情け無いだろ?)
ベルシエラは力強く否定する。夫からは見えていないが、反射的に首を振っていた。
(情けなくなんかないわよ。今朝のエンツォは立派だったわ。とってもカッコ良かった!)
(ほんと?)
(ほんとよ!)
心の声が弾んでいる。銀色の髪を虹の光が取り巻いている様子が思い浮かぶほどだ。ベルシエラは夫の様子を想像して胸を高鳴らせた。
だがヴィセンテは、すぐに申し訳なさそうな調子になった。
(お散歩、できなくなっちゃった。ごめんね)
ベルシエラはしょげた夫を抱きしめたくなる。心の声は自ずと優しくなった。
(いいのよ。これから時間はたくさんあるでしょう?)
(!!!)
ヴィセンテの喜びが伝わって来る。ベルシエラは、まるでヴィセンテの瞳に揺れるオーロラに包まれたような気持ちがした。
(そうだ、そうだよね!うん!これからずっと、一緒だからね!僕たち、いつでもお散歩できるよね)
(ふふ、出来るわよ)
(それじゃ、もう寝るよ)
(ええ、ゆっくりお休みになって)
(うん、ありがとう、じゃ)
(ええ、おやすみなさい)
未来への希望を確信すると、ヴィセンテはすんなりと休息に入った。
ヴィセンテは、案の定かなり体力を消耗していた。初恋に浮かれていたこともあり、少し熱も出してしまった。心の声が途切れた後は、そのまま夜まで意識を失った。
ベルシエラは一周目と違って、ヴィセンテの洗濯係を申し付けられなかった。そのため、夫の部屋を訪ねていく口実がない。今のところは誰も知らせてくれないので、ヴィセンテの様子がわからない。
(あれから音沙汰ないけど。気になるわ。エンツォ、大丈夫かしら?)
ヴィセンテの飲まされている水薬は、害にしかならないと分かっている。一周目に疑ったことが小説では事実として書かれていた。一周目のヴィセンテが妻の日記を元に調べ上げて突き止めたのだ。
(今朝の報復として、強い薬を飲まされたんじゃないかしら?)
窓の外には月が出ていた。鋭く光る真冬の月だ。三日月の先は鎌の形に尖り、研ぎ上げた刃のようだった。
(シエリータ、起きてる?)
そっと、伺うように、ヴィセンテが心の声を送って来た。
(エンツォ。起きてて大丈夫なの?)
ベルシエラは勢いよく立ち上がって答えた。
(ありがとう。大丈夫だよ。さっき起きたんだけど、気分が良くてね)
(ほんと?)
(ほんと。ぐっすり眠れたから、頭がすっきりしてるよ)
(それなら良いけど)
半信半疑ながらも、ベルシエラはひとまず安心した。
(あのさ、よかったら、僕の部屋で月を一緒に見ませんか?)
(あら)
思いがけない夫の申し出に、ベルシエラは固まった。
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