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貴方は私が読んだ人  作者: 黒森 冬炎
第四章 白銀の月と黄金の太陽

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74 刃のような銀の月

 ヴィセンテが伝えてくるしょんぼりとした心の声に、ベルシエラは心配そうに答えた。


(どうしたの?)

(ちょっと疲れちゃって。起きられないんだ。はは、情け無いだろ?)


 ベルシエラは力強く否定する。夫からは見えていないが、反射的に首を振っていた。


(情けなくなんかないわよ。今朝のエンツォは立派だったわ。とってもカッコ良かった!)

(ほんと?)

(ほんとよ!)


 心の声が弾んでいる。銀色の髪を虹の光が取り巻いている様子が思い浮かぶほどだ。ベルシエラは夫の様子を想像して胸を高鳴らせた。



 だがヴィセンテは、すぐに申し訳なさそうな調子になった。


(お散歩、できなくなっちゃった。ごめんね)


 ベルシエラはしょげた夫を抱きしめたくなる。心の声は自ずと優しくなった。


(いいのよ。これから時間はたくさんあるでしょう?)

(!!!)


 ヴィセンテの喜びが伝わって来る。ベルシエラは、まるでヴィセンテの瞳に揺れるオーロラに包まれたような気持ちがした。


(そうだ、そうだよね!うん!これからずっと、一緒だからね!僕たち、いつでもお散歩できるよね)

(ふふ、出来るわよ)

(それじゃ、もう寝るよ)

(ええ、ゆっくりお休みになって)

(うん、ありがとう、じゃ)

(ええ、おやすみなさい)


 未来への希望を確信すると、ヴィセンテはすんなりと休息に入った。



 ヴィセンテは、案の定かなり体力を消耗していた。初恋に浮かれていたこともあり、少し熱も出してしまった。心の声が途切れた後は、そのまま夜まで意識を失った。


 ベルシエラは一周目と違って、ヴィセンテの洗濯係を申し付けられなかった。そのため、夫の部屋を訪ねていく口実がない。今のところは誰も知らせてくれないので、ヴィセンテの様子がわからない。


(あれから音沙汰ないけど。気になるわ。エンツォ、大丈夫かしら?)


ヴィセンテの飲まされている水薬は、害にしかならないと分かっている。一周目に疑ったことが小説では事実として書かれていた。一周目のヴィセンテが妻の日記を元に調べ上げて突き止めたのだ。


(今朝の報復として、強い薬を飲まされたんじゃないかしら?)



 窓の外には月が出ていた。鋭く光る真冬の月だ。三日月の先は鎌の形に尖り、研ぎ上げた刃のようだった。


(シエリータ、起きてる?)


 そっと、伺うように、ヴィセンテが心の声を送って来た。


(エンツォ。起きてて大丈夫なの?)


ベルシエラは勢いよく立ち上がって答えた。


(ありがとう。大丈夫だよ。さっき起きたんだけど、気分が良くてね)

(ほんと?)

(ほんと。ぐっすり眠れたから、頭がすっきりしてるよ)

(それなら良いけど)


 半信半疑ながらも、ベルシエラはひとまず安心した。


(あのさ、よかったら、僕の部屋で月を一緒に見ませんか?)

(あら)


 思いがけない夫の申し出に、ベルシエラは固まった。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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