67 順調な滑り出し
トムはヴィセンテの従者なので、役割を取られて不満そうに付き従った。後にはベルシエラとエンリケが残る。すぐ近くにはソフィア王女、その後ろに巡視隊が控える。
暇乞いの人々は、誰に挨拶したものやら互いの様子を伺っていた。ベルシエラは弱々しい夫の背中を見送っている。
(あ、結局聞くの忘れた)
ベルシエラは、心の会話がどういう仕組みで成り立っているのかを知りたかったのだ。答えははぐらかされたままになっている。
(なに?ベルシエラさん!なんでも聞いて)
(えっ、聞こえてた?)
(ごめん、盗み聞きしようとしたわけじゃないんだ。たまたま話しかけようとしたら、聞こえちゃったんだよ)
(えええー)
心の中まで気をつけていないと、何を聞かれてしまうか分からないということか。ベルシエラは閉口した。
(ごめんて。わざとじゃないよ)
(この魔法も便利なばかりじゃないのね)
(うん、まあ、魔法と言えば魔法なんだけど)
(そう、そのことが聞きたかったのよ!)
また言葉を濁すヴィセンテに、ベルシエラは勢い込んで尋ねた。
(それはねぇ、話せば長くなるんだけど)
(長いの?)
(かなり)
ベルシエラは躊躇った。ヴィセンテは今、かなり疲れている。心の会話は身体に負担をかけないのだろうか。会話そのものによる負担がなくとも、虚弱なヴィセンテは目を覚ましているだけで消耗しそうだ。
(そしたら、後で中庭に出た時に伺うわよ。今はとにかく、休んで!)
(はぁい。ベルシエラさんも、無理しないでね!)
ベルシエラの配慮に、ヴィセンテはでれでれと目も口も頬も緩めた。心の会話は聞こえずとも、ヴィセンテの心情は丸わかりだった。
「あーあ、幸せそうな顔しやがって!」
ガヴェンは忌々しそうに気持ちを吐き出した。ヴィセンテの眼に浮かぶオーロラが、揶揄うように薄灰青の中でゆらめく。
「へへ、羨ま、しい、だろ?」
「おう!羨ましいよ!」
「キャンベル、男爵、家のアイラ、ルーシー、さん、だっけ?」
ヴィセンテはガヴェンの肩に寄りかかり、斜めに見上げてにやついた。ガヴェンは照れて鼻の付け根が赤くなる。
「覚えてやがったかよ」
「式は、いつ?」
「再来年の春だ」
「出席、させて、くれ、よ?」
「まずは支えなしで歩けるようになんねぇとな!」
「なる、さ!」
「おう!頑張れよ。嫁さんの為にもな?」
2人の声は広い階段を昇り、廊下の奥に消えてゆく。
なんとなく見送っていた招待客たちが、三々五々動き出す。王女の手前、あからさまにエンリケへの挨拶だけをすることが出来ない。そこでエンリケ派の面々はどちらとも取れない方向を向いて、曖昧な礼を残して立ち去った。
ヴィセンテ派はすっかりベルシエラを受け入れていた。これは一周目とも小説とも大きく違う点である。中にはベルシエラの両手を握って励ます老婦人までいた。
「さて、そろそろあたくしどももお暇いたしましょうか?」
ソフィア王女に促され、最後に巡視隊一行も車寄せに向かうのだった。
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