65 見送り
エンリケ叔父は、何度もヴィセンテを部屋へ戻そうとした。
「あとはこの叔父が引き受けましたから。お身体に障りますよ」
「だい、丈夫、だ。座って、いる、し」
ヴィセンテは流石に疲れてきている。残った来客は半分くらい。ベルシエラもはらはらしていた。みすみすエンリケに主導権を握られるのは癪に障る。だが、ここで意地を張ってこの先寝込んでは話にならない。
(エンツォ、先のことを考えると、そろそろお休みになったほうがいいわ)
(シエリータがお世話になった方々へのご挨拶がまだなんだ)
(あの方々には、またお会いできるわよ)
(そうか?)
(ええ。巡視隊はこの辺りにも年に一度いらっしゃるでしょう?)
(王女様とはもうお目にかかれないかもしれない)
(あら、ソフィア王女様こそ、すぐお会いできると思うわよ)
ソフィア王女は、一周目も強い味方となってくれたのだ。
(そうね。一年もかからないと思うわ)
ベルシエラの口角がニタリと上がる。
(えっ、ちょっと、シエリータ?何を企んでいるの?)
(やぁだ。エンツォ。企んでるなんて。人聞きの悪いこと仰らないでよ)
ソフィア王女と巡視隊の面々は、隅の方で待機している。彼らがヴィセンテとベルシエラの後ろにいたら、無駄な威圧感を与えてしまう。かと言って、真っ先に帰るには不安が残る。王女と隊長が話し合った結果、目立たぬように人が少なくなるのを待っていた。
エンリケ叔父は、ピタリとヴィセンテの座る椅子に張り付いている。ベルシエラは迂闊にヴィセンテの側を離れるわけにはいかなかった。それが却って良妻としての良い印象を与えていた。
「ベルシエラさんも、お疲れでしょうから」
エンリケ叔父は、朝食前までとは打って変わって猫撫で声を出してきた。
「おほほ。あたくしは、森番の娘でございますもの。立ち続けるのは得意なんですのよ」
エンリケ叔父は忌々しそうに唇に力を入れた。
エンリケ叔父は、王宮の式典で口上係を申しつかるほどの権威者である。
この国で各地にお触れを運ぶ使者は、高い地位を持たないが、名誉あるお役目であった。王の言葉を代読する役割のため、読み上げている最中には何人たりも遮ってはいけない。読む人と読まれている言葉とが違う権威なのだが、ここでは言葉の権威が適用されるのだ。
この国には、各地に走るお触れ役より重要な役割がある。式典で大まかな目的や開催の理由を代読する式典口上係だ。これをエンリケは、ベルシエラの拝名式で務めていた。ベルシエラは賜る側であり、庶民の出身だ。遥か目下と定めたベルシエラに口答えをされて黙っているわけがない。
「ここは森ではございませんから」
(から、何よ!はっきり言ってみなさいよ。このマント狸ジジイ)
相変わらず本家の家紋入りのマントを堂々と身につけて、エンリケはあれこれ指図している。
ベルシエラは苛立ちを隠そうと顔を背けた。
(ん?)
その時、目の端に巡視隊の動向を捉えた。ガヴェンが何か言っている。隊長が厳しく頷く。ソフィア王女が嫣然と微笑む。2人のゴーサインを受けて、才ある魔法使いガヴェン・スチュアート・ウォルター・ファージョンが、悠然と玄関ホールの中央へと進む。
ヴィセンテは気さくに片手を上げた。疲れているのですぐに下ろすが、それが挨拶であることは伝わった。
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