64 当主夫婦は互いが可愛い
わざとらしく心臓を抑えて、ヴィセンテは下から覗き込むようにしてベルシエラの顔を見る。
(ごめん、ちゃんと説明するから!怒らないでよ)
ヴィセンテは怒られても嬉しそうだ。
(ちゃんと反省してるぅ?)
(してるって!もう、可愛いなぁ、僕の奥方様は)
ベルシエラは諦めて溜め息を吐いた。それからにこっと笑顔を見せる。ヴィセンテが思わず顔を近づけた。
(わああっ!やめてやめて、近い近い、ひええ、美しい)
(美しい?僕が?僕の顔、好きなの?)
ヴィセンテは心の声を弾ませる。
(えっ、はいっ、好きだけど、だけどっ)
(好きなんだ、僕の顔!こんなにやつれてるのに)
(整った顔してるわよね。やつれても美しいなんて、ずるいわよ)
(ベルシエラさんが言う?みんなを虜にしちゃう特別な髪をして、引き込まれずにはいられない深い深い瞳を持ってるくせに?)
(褒めすぎよ)
ベルシエラまで本題を忘れて照れ笑いを浮かべた。
ベルシエラが照れたのに勢いを得て、ヴィセンテは追い討ちをかけてくる。もう周囲のことは全く目に入っていない。
(ええー、そんなことないよ?僕、心配だなあ)
(何が心配なのよ?)
(シエリータのこと、好きにならない人なんている?僕はこんな、病弱で、ご飯すらまともに食べられないし)
(何を言い出すのよ!貴方こそ、そんなに素敵で、その上立派なお家柄じゃないの。心配なのはこっちだわ)
手を取り合って見つめ合う当主夫婦の様子は、朝食の席を和ませる。客人たちは、そろそろチョコレートドリンクも飲み終わる。幸せな空気のうちに、新しい女主人は初めての朝を終えたのだった。
しばらくすると、婚礼の来賓たちの馬車が走り出す。入り口ホールは帰宅する人々でごった返していた。エンリケだけに挨拶する者、ヴィセンテだけと話したがる者、両方に声をかける者。
ベルシエラは椅子を持ち出しヴィセンテを座らせた。脇に立つベルシエラにも笑いかけてくれる者が現れた。ヴィセンテは口をへの字に曲げてその様子を眺めている。
(ちょっとにこにこし過ぎじゃないか?シエリータ)
(貴重な味方になるかもしれないんだから、出来るだけ愛想よくしなくちゃ)
(それにしたって。誤解されるような行動は慎むんだよ?)
一周目のような不機嫌さでヴィセンテが睨む。
(もう!エンツォったら、大袈裟ね)
ポンと肩に手を置いて、ベルシエラはヴィセンテの拗ねた様子を愛でた。
(うふふ、可愛い人ねぇ)
(なんだよ、それ。可愛いのはシエリータだろ)
やり取りは心の中である。周囲に漏れないが、雰囲気は伝わっていた。
「若い頃を思い出すわねぇ」
「俺たちもあんなだったよなぁ」
老夫婦や中年夫婦は、懐かしく温かい気持ちを土産に帰って行った。
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