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貴方は私が読んだ人  作者: 黒森 冬炎
第四章 白銀の月と黄金の太陽

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63 ふたりはビタースウィートサワースパイシー

 ホットチョコレートを飲む間、エンリケ叔父は射殺さんばかりの視線を新婚夫婦に向けていた。表面は柔和な笑顔なのだが、眼がちっとも笑っていない。ゾッとするほど冷たいのだ。


 エンリケは食事の間中、一言も発しなかった。元々一段高い当主席に陣取って、下々の者を睥睨してきたのだ。もう20年以上そうして過ごしたのである。突然、虚弱な若造と身分の卑しい小娘がその席を奪ったのだ。面白い筈がない。


(せいぜい楽しむがいい)



 エンリケはあくまでも、臨時に頼まれた代理人にすぎない。本来ならば、当主のテーブルに着くことは越権行為だ。ヴィセンテ亡き後の継承者であるかのような振る舞いは目に余る。


 親族一同も、エンリケが正式な後継者ではないことを知っている。少数ではあるが、エンリケの権力に疑問を抱く者はいる。彼らが構成するのがヴィセンテ派だ。


 だが、エンリケは20年以上かけて勢力を拡大してきた。幼い頃に療養で預けられたセルバンテス分家を足がかりに、一族の有力者たちと良好な関係を築いてきた。



 加えて、エンリケには当主夫婦の天下は来ないという確信があった。


(遅かれ早かれ小娘も発病するのだ)


 人柄と能力、先代の弟という血筋の確かさを上手くアピールして、エンリケは今の位置まで登り詰めたのだ。人心掌握の腕には覚えがあった。


(なに、奴等が開祖の杖を差し出す日もそう遠くない)


 エンリケは自らを慰めるように、ほのかに甘いチョコレートを飲み下す。微かな甘みの中に酸味と苦味が溶け合って、生姜の刺激が香りたつ。まるで目の前で寄り添う若夫婦のようだ。


(なんだ、この味は。腹立たしい)


 寒さを凌ぐその味が、エンリケには合わなかったようだ。作り笑顔がぴくりと引き攣る。



 美空がいた世界で、チョコレートがヨーロッパにもたらされた時はドロドロの飲み物だったという。それは甘くはなく、スパイスがたっぷり混ぜられていたのだとか。滋養強壮薬の高級品で、一世紀ほどの間ひとつの国だけに独占されていたのだそうだ。


 この国で供されるのは、スパイシーだがちゃんと甘い。現代日本のフレーバーココアに近い飲み物だった。



 ベルシエラは半分ほど飲んだチョコレートに蓋をして、ヴィセンテのふやけた視線をはたと捉えた。


(ん?なに?)

(ねえ、エンツォ)

(うん、なに?なに?)


 夫婦、という単語を反芻しているのか、ヴィセンテは浮き浮きを隠さない。


(あのね、この、心の会話なんだけど)

(うん?どうしたの?)


 ヴィセンテの笑顔は幸せにとろけている。


(これ、魔法?)

(んんー、魔法と言えば、魔法、かな?)


 にこにこ顔だが歯切れが悪い。


(なあに?秘密?)


 ベルシエラが眉を寄せて目を細めると、ヴィセンテはギュッと目を閉じた。


(わっ、可愛い、やめて)

(え、ちょっと!エンツォ、ヴィセンテさま?真面目に答えてよ)

(え、だって、可愛いじゃないか?可愛いすぎて心臓が止まるかと思ったよ)

(何言ってんのよ!で、魔法なの?どうなの?)


 ベルシエラは恥ずかしいやら腹立たしいやら、心の会話が早口になる。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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