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貴方は私が読んだ人  作者: 黒森 冬炎
第四章 白銀の月と黄金の太陽

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61 真冬の朝にはジンジャーベリーチョコレート

 ヴィセンテが、奪ったナイフで薄切りゆで卵を拾い上げる。それからいたずらそうに薄灰青の瞳を煌めかせ、ベルシエラの手元にあった薄茶色でどっしりとしたパンに卵を載せた。


「えっ、エンツォ、まだ無理なんじゃ」


 ヴィセンテが今度は卵を載せたパンを持ち上げたので、ベルシエラは蒼くなる。薄い麦粥でさえ、たくさんは食べられないヴィセンテなのだ。どっしりしたパンは重すぎる。


「ククク」


 ヴィセンテは上機嫌で笑っている。


「はい」


 手にしたパンは、ベルシエラの口元にやって来た。朝食室はざわついて、隊長の顔が引き攣った。ソフィアが期待に眼を輝かせている。



 ベルシエラは、緑がかった藍色の瞳をキョロキョロと落ち着かなく動かした。


「ええっ、それは、これは、その、ちょっと」

「どう、ぞ」



 隊長ペアは卵が載った瞬間、王女がパンを奪ったようだ。隊長がたじろいでいる。ソフィア王女は満面の笑みで、卵載せパンを大男の厳つい口に押し付けた。


 自慢のカイゼル髭にパン粉がついた。ソフィア王女はクスクス笑う。隊長が腹立ち混じりにパクリとパンを齧る。ソフィア王女は満足そうに微笑んだ。


 フランツが気まずそうに眼を逸らす。他の巡視隊メンバーは平然としていた。森番一家はおおらかな笑顔で見守っている。



 ベルシエラは王女を真似ようとした。だが上手くいかない。手を伸ばしても躱されてしまう。


(なによ?病人じゃなかったの?)


 握力の無いヴィセンテの手は、ぷるぷると震えている。パン一切れさえ支えきれないようだ。それなのに動きは速い。


「エンツォ、なんでそんなに速く動けるのよ」


 ベルシエラは不満を口にした。ヴィセンテは愛しそうにベルシエラの唇を見る。


「さ、召し、上がれ」


 相変わらず呼吸が苦しそうだ。これ以上抵抗すると、病状が悪化するかもしれない。


「ずるいわよ。そんな苦しそうな人に、これ以上起きていさせるなんて、出来ないじゃないの」


 ベルシエラは観念した。衆目に晒されながらの「あーん」は恥ずかし過ぎる。だが、ヴィセンテはほわほわと嬉しそうにしている。


(仕方ないわねえ)


 ベルシエラは眼を瞑って、パンから一口齧りとった。


「どお?美味し?」


 すかさず降ってくる甘い問いかけに、ベルシエラまで息が苦しくなった。


「ええ、美味、しゅ、う、ございます」

「よかった。もっと、食べ、てね」


 グイグイ押し付けられるパンを、ベルシエラは半ばヤケクソになって飲み込んだ。全て食べてしまうと、ヴィセンテはようやく離れてくれた。



 離れたヴィセンテが何をするのか、ベルシエラは恐る恐る見ていた。ガリガリの指で卓上のベルが持ち上げられ、鳴らされる。デザートが運ばれてきた。


(チョコレートかしら?)


 蓋付きの小さな器からほろ苦く甘みのある匂いが漂ってくる。仄かに生姜も香っていた。


「ジンジャーベリーチョコレートドリンクでございます。お熱いので、ご注意下さいませ」


 配膳係が銀のワゴンを止めて説明した。


(そういえば、日本で言うと今頃はバレンタインだわ)


 美空だった頃の思い出が、ベルシエラに複雑な気持ちをもたらした。細やかに気遣うヴィセンテが、そっとチョコレートを差し出してくる。ベルシエラの試練は続く。


お読みくださりありがとうございます

続きます


閑話

バビロニアで発祥したカカオドリンクがヨーロッパに上陸したのは11世紀ごろ

場所はスペイン、名称はショコラティエールだったと言われている

100年ほどの間は、スペイン国外への持ち出しが禁止されていた

甘みはなく、苦味とスパイスの刺激のあるどろりとした飲み物で、専用の道具で供された


滋養強壮、美容、そして宗教的に些か白眼視される効果なども信じられていた


17世紀ころ、甘みが加わり固形が発明され、いつしか子供のおやつにも出されるように変化していった


既に有名な話であるが、バレンタインデーに女性が意中の男性にチョコレートを送るのは、60年代に日本で発案された商業戦略である


チョコレートの歴史は何故か日本人に大人気で、国立科学博物館の企画展などでも来場者は多く、ゆっくり見学出来ないほどだった



閑話2

本を贈るサンジョルディの日は、全く人気がないが、実はなくなったわけでもない

書店にポスターが掲示されることもある

因みにこれはスペインのカタルーニャ地方の習慣で、サンジョルディはカタロニア語である

この人は龍殺しの聖ゲオルギウスその人である


龍に襲われた姫を助けて、龍の血から咲いた赤バラを姫に捧げた

これをロマンチックととるか、グロテスクと取るか

日本人の多くはドン引きなのでは



関西カタルーニャセンター(カタルーニャ州政府公認公式機関)による記事では、龍と戦う勇敢な姿がフランコ体制下(1939-1975)政府の言語統制と戦うカタルーニャ人の姿と重なったとも述べられています


また聖人の記念日4月23日は、「ドン・キホーテ」のセルバンテスや、「ロミオとジュリエット」その他のシェイクスピアの命日でもある。これにより、ユネスコが「世界本の日」としてこの日を制定しました


関西カタルーニャセンター

http://cckansai.com/home-cck.html

(2023/12/23最終更新)


この日が命日として知られる作家は、16世紀スペインの詩人ガルシラソ・デ・ラ・ヴェガもいます

この詩人の親世代、スペインでは名前を自由に変えることが出来たとか。父親が元の名前からラ・ヴェガに勝手に変えたとのこと。自分で勝手につけるに当たって法則性はひとつもなかったとか。明治期日本で苗字を勝手につけたのと似てますが、16世紀初頭のスペインでは途中でヒョイヒョイ変更したみたいです。

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