6 森番の親子は蹄の音を聞く
森の中にある全ての巣からノコギリ鳥が巣立った頃、3人は最後の点検に出かけた。今や川沿いはすっかり危険地帯だ。
「もう卵は残ってないな」
昼過ぎに一巡終えて、アレックスが言った。
「そうだね、父さん。あとはその地図複写して提出するだけだね」
地図には、ノコギリ鳥の活動範囲が赤色で書き込まれている。これは、アカミツルクサという名前の蔓植物の実だ。防腐剤になる薬草と混ぜて使う。その作業は、この数週間でベルシエラも見ていた。
「この前知らせが届いていたから、そろそろ巡視隊が報告書の回収に来るだろ」
先日、巡視隊から先駆けの少年が森番の小屋を訪ねて来たのだ。少年は、巡視隊の来訪を知らせるとすぐに戻って行った。
「春の狩場をひと回りして今日は終わりにしよう」
アレックスは、日の落ちる前に倒木や毒性生物がないかどうかを調べて回る。盗賊や凶悪犯、あるいは浮浪児などが潜んでいないかも確認しておく。何かあれば、逐一アレックスが地図に印を書き込んでゆく。
「今年もソフィア王女様が優勝なさるかな?」
「こら、ディエゴ。軽々しく噂などするもんじゃない」
「けどよー。本当にかっこいい方らしいんだぜ?父さん」
「そうだとしてもだ」
「はーい」
無駄話をしないディエゴが話題にしたくらいだ。ソフィア王女という方は、よほど人気者なのだろう。優勝というからには、春の狩はコンテストだと思われる。腕に覚えのある者たちが、この森を舞台に狩の腕を競うに違いない。
(ソフィア王女、どんな方なのかしら?)
森番の息子も噂でしか知らない。つまり、狩は非公開なのだ。王侯貴族だけが参加も見学もできるイベントと考えられる。その会場となる森でいちばんの危険要素が、ノコギリ鳥だと推察された。なにしろ、森番一家が最優先で動向を確認する生物なのである。
「引き上げるか」
特に変わったこともなく、アレックスはほっとした顔で作業の終了を告げた。兄妹は黙って頷く。親子3人は油断なく辺りに気を配りながら、暮れ行く森を歩いて行った。
森の中は、薄暗い場所ばかりではない。狩の時に仮屋を建てる開けた場所は、大木がなく空が見える。王侯貴族が通る馬車道は、やや木々がまばらだ。
馬車道から別れて森番小屋へと続く小径も、他よりはいくらか明るい。夕焼けが森の小径に斑模様を作る頃、帰り道を無言で辿る3人の耳に、蹄の音が届いた。
「こんな時間になんだろう?」
ディエゴが、重なり合う枝の向こうを見極めようと目を細める。
「いけない。お前たち、膝をついて頭を下げるんだ」
アレックスは慌てて身を屈める。ふたりもぎこちなく父に倣う。そこへ、毛織りのマントを翻す騎馬の一団が現れた。
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続きます