59 ギラソル魔法公爵の甥
小説第二部は、探偵パートだ。助手役がふたり出る。その1人が後にセルバンテスの家督を継ぐ、ヴィセンテの甥っ子である。
(つまり、生き残った四男がいたってこと?その人の息子かしら?)
当然のように「甥っ子」と書かれていたので、今の今まで見落としていた。ベルシエラは記憶を探る。
ヴィセンテの家族は、父、母、そして弟がふたり。現時点で皆故人だ。あとはエンリケ叔父とその家族。そちらの親戚は、分家の領地で暮らしている。
(甥っ子は、作中ではパブロって呼ばれていたわ。ええと、そうだ!パブロ・デ・ボスケ)
甥とは、本人か配偶者の兄弟の息子だ。
(もしかして、ディエゴ兄さんの子供?)
森番一家には苗字がない。庶民には、出自を主張する必要がないのである。同じ名前の人がたくさんいる場で強いて名乗る時には、名前の後に「森出身」という意味のデ・ボスケを付ける程度だ。
例えばディエゴ・デ・ボスケなら、「森のディエゴ」、ディエゴ・デ・ギラソルなら「ギラソルのディエゴ」という意味だ。これは出身地を表しているだけなので、苗字とは違う。美空がいた世界の歴史でも、そういうシステムの国はある。そうした国で領民がみな領主と同じ苗字に見えるのは、そのせいなのだ。
しかし、ディエゴは魔法が使えない。ゲルダも魔法使い家系ではない。魔法の力は血脈に宿る。例外はない。
(パブロはセルバンテス分家からお嫁さんを貰ったのかしら?)
そうした描写は作中にあっただろうか?開祖の杖が認めた後継者であるならば魔法が使えるのだ、とベルシエラは思っていた。
(思い込みだったのかしら?ギラソル魔法公爵セルバンテス家には、まだ他の地域や家と違う部分があるのかも知れないわ)
ベルシエラがあれこれ頭を悩ませていると、ヴィセンテが繋いだ手を微かに揺らした。当主として初めて、食前の挨拶をしているのだ。新妻が気もそぞろでは一族の士気が下がる。
ベルシエラはすっと背筋を伸ばす。ヴィセンテが話を続けていた。
「これ、からは、夫婦、ふたりで、城を、守って、参ります」
昨晩は短い挨拶がやっとだったのに、今日は倍以上の言葉を発している。ベルシエラは気が気ではなかった。
(あまり張り切りすぎて倒れないと良いんだけど)
「どうぞ、皆様、お力添えを」
決意を込めた盃を、ヴィセンテは震える腕で高く掲げる。それは虚弱故にほんの一瞬だけだった。だが、ヴィセンテの気概は伝わった。夫婦睦まじく手と手を重ねた姿が、余計に皆を喜ばせていた。
この朝食室に集まっているのは、昨夜婚礼に列席した人々だ。セルバンテス再興の兆しを目撃した興奮も冷めやらぬ親戚たちだ。一周目に孤立していたベルシエラは、夫婦を讃える叫びに耳を疑った。
「ご当主様、万歳!奥方様、万歳!セルバンテスに栄えあれ!わああああ!」
エンリケ一派も、これではベルシエラの排斥が叶わない。渋々盃を持ち上げるしかないのであった。
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