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貴方は私が読んだ人  作者: 黒森 冬炎
第四章 白銀の月と黄金の太陽

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57 恋は魔法のように

 蕩けるような眼差しを我が物にしたいと思う隙もなく、ご婦人方の血の気が退いた。ご令嬢方にはむしろ恐ろしく見えた。爛々と輝く灰青の双眸は、ただベルシエラだけを捉えている。ご馳走を見つけて正気を失った獣のような目付きであった。


「エエエ、エエンツォォ?」


 ベルシエラは動揺した。愛を捧げられたことは、これまでの人生で一度もなかった。ベルシエラとしても、美空としても。恋したこともされたこともない。美空の人生が終わる前に、ひとりの地味な若者と淡い気持ちが育ってはいた。だがそれはまだお互いに、名前のつかない感情だった。


「シエリータ!」


 ヴィセンテの病み疲れて落ち窪んだ暗い眼は、恋を見つけて光を得た。情熱の灯が闇に沈んだ心を照らし、強張った四肢をほぐす。病に倒れて臥した不甲斐なさへの焦燥感も、胸を焦がす突然の炎に焼き尽くされて灰となる。



 ベルシエラは、何と応えてよいか分からない。夫が見せる常軌を逸した求愛行動に困惑していた。ふらふらと進むヴィセンテに、気遣いの言葉を繰り返すしかなかった。


「気をつけて、エンツォ」

「うん、気を、つけるよ!心配、し、てくれて、嬉、しい!」


 高い位置で結った夫の髪が、窓から差し込む朝陽に洗われている。寄せては返す光の波が虹色に踊って、癖のない銀髪が幻のように揺れている。冴え渡る月光にも似たヴィセンテの髪は、朝陽と出会い戯れていた。朝と夜との束の間の邂逅に、ベルシエラは眼が離せない。



 薄い金色に揺蕩う冬の朝陽が充す朝食室を、奇妙な沈黙が支配していた。怒りに顔を歪めたエンリケ叔父も、呆然と立ち尽くしている。ヴィセンテの行動があまりにも予想外だったからだ。


 エンリケはヴィセンテを生まれた時から知っている。ヴィセンテは物静かな幼児であった。発病した後には、気持ちが落ち込み怒りっぽく育っていった。エンリケのような二心ある男には、たいへん御し易い相手なのである。


 まさか恋に狂って、エンリケが入念にかけた心の枷が外れるとは。エンリケ叔父のコントロールから離れたヴィセンテは、当主然として指図を始めた。そんなことがあってはならない。エンリケ叔父は、ヴィセンテが自分の意志で動き出した現実を認めたくなかった。



 ヴィセンテが幼い時に、エンリケ叔父は当主代理の座についた。これは正式な任命ではないのだが、いちばん近い血筋の者が臨時の代理人として立つことが許されていた。


 本来ならば法的な後見人を付けるのだが、法などいかようにも曲げられる。貴族社会とはそういうものだ。そこは現実の近代法治国家以前の国々と同じだ。


 四魔法公爵については、秘められた継承条件と儀式が存在している。だから、有耶無耶に合法化は出来ない。それだけがせめてもの救いであった。


「さあ、正しい、位置に、テーブル、を」


 小説でヴィセンテは、愛によって目を醒ました。今、二周目のヴィセンテは、恋によって意志を得た。ヴィセンテの恋は魔法のように、悪辣な叔父エンリケの支配を消し去ってしまった。たった一言エンツォと呼ぶ新妻の声が、エンリケの悪意ある教えに縛られていたヴィセンテの心を解き放ったのである。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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