表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貴方は私が読んだ人  作者: 黒森 冬炎
第三章 ベルシエラ、美空、再びベルシエラ
56/247

56 ギラソル魔法公爵ヴィセンテ・アントニオは熱烈な男

 黄金の太陽城で働く者どもが、武器をとって何事かと駆けつける。初めて聞いた当主代理の怒号に、城中が色めきたっていた。朝食室の壁際からも、護衛の魔法使いたちがベルシエラを捕らえようと動き出す。この城では、エンリケ叔父の態度が行動の指針なのだ。


「口を閉じろ、賤しい物乞い女めが!」


 森番の娘は賎民ではない。森番は父親であって、ベルシエラは王命のない私設の助手だが、物乞いではない。森番は、王の狩場を預かる役職だ。現実の歴史では、中々の野蛮人も多かったようではあるが。ベルシエラを育ててくれた森番一家は、優しく明るい人々だった。


「叔父様、お口が、過ぎまするぞ!」


 ヴィセンテが本気の当主モードに切り替わった。


「あ、エンツォ。落ち着いて。お身体に障ります」


 ほぼ寝たきりの人間が興奮すると危ない。ベルシエラは慌てて宥めた。だが、ベルシエラはひとつ重大な過ちを犯していた。彼女の言葉では、ヴィセンテを落ち着かせることは永遠に出来ないだろう。



 ベルシエラの言葉は逆効果だった。気を鎮めるどころか、感情を余計に昂ぶらせてしまった。


「ああ、僕の素敵なシエリータ!」


 ヴィセンテはなぜかこけた頬を上気させ、驚くべき力で大人2人を振り払う。骨と皮ばかりになった身体のどこからそんな力が出たのだろうか。まるで魔法を使って肉体強化をした魔法戦士のようである。


 ヴィセンテは身体の自由を勝ち取ると、今まさに自分へと進んでくる新妻を迎えに駆け出した。よろよろしながら、危なっかしい足取りで。


「だめよ!走っては!危ないわエンツォ!」


 ベルシエラも思わず走り出す。カステリャ・デル・ソル・ドラドの名ばかり当主は、いつ転んでもおかしくない様子なのだ。目尻をほんのり朱に染めて、輝く笑顔でぐらぐらと妻に駆け寄って来る。



 薄灰青の瞳には、居並ぶ来客がついぞ見たことのない生気が宿っていた。冷たく凍りついた病気の目付きは、恋の熱に晒されて真冬だと言うのに溶け出したのである。


「エンツォって、呼んで、くれ、るんだね?」


 誰も聞いたことのない、甘く優しい囁きだった。ご婦人方が頬を染める。やつれて目立たなかった美男子振りが、初恋に浮かれて露わになったのだ。ヴィセンテの麗しい(かんばせ)は、幸せに綻び煌めいていた。


「お願いして、よかった!胸が、熱いの、に軽くて、締め付け、られる、のに長閑で、シエ、リータがエンツォと、呼んでくれ、る度に、大空を、飛び回り、たく、なるよ!」


 朝食会場の客たちは、ポカンと口を開けてヴィセンテを見た。誰もが、目の前で今起こった出来事が何なのか、一欠片も理解出来ないのであった。


お読みくださりありがとうございます

続きます

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ