54 ベルシエラは闘い方を考える
善人ぶったエンリケ叔父は、当主の命令に背くわけにもいかなかった。腑の煮えくりかえる思いを笑顔で包み隠して、自分が食べている席の隣にテーブルと椅子を運ばせた。
「違う」
ヴィセンテは端的に指摘する。用意された席は、上座ではあるが中央に置かれなかったのだ。エンリケ叔父のテーブルをどけることなく、急あつらえの一段低い席だった。
小説のエンリケは、ここまであからさまな嫌がらせはしなかった筈だ。善良な叔父を演じていたのだから。むしろ家長としてヴィセンテをたてることにより、自分の価値を高めて行った。
今回のベルシエラが、ソフィア王女や巡視隊のバックアップを全面に打ち出したのが原因だろうか。エンリケは取り繕う余裕もなく、分かりやすい牽制を始めたのかも知れない。
(エンツォ、報復されないと良いけど)
エンリケ叔父は、自らの手でベルシエラを撲殺した後でも笑顔で過ごせる人間だ。ヴィセンテは、ベルシエラ殺害現場でエンリケ叔父のブローチを拾った。しかしその時点でヴィセンテは、亡き妻の伝言を再生する魔法が使えない。小説によれば、疑念は生じたものの、その後も優しいエンリケ叔父を疑う自分を責めていた。
(恥知らずめ。人を殺しても平気な顔で善人のふりをし続けていたなんて)
そこまで凶悪な男に正面から逆らうのは悪手だ。そう思いながら、ベルシエラはやきもきと見守っていた。
奇病である魔法酔いが、セルバンテスでは毎世代激しく現れる。魔法酔いは、確かに遺伝病だ。だが、病弱で魔法の力が弱く、更に魔法酔いの遺伝的な体質を持っていることが発病の条件だ。発病率は極めて低い。
(セルバンテス家の魔法酔いは色々と怪しいのよね)
先代は、元来体も丈夫で魔法も得意であった。骨と筋肉で武装した隊長の両親を、容易く遭難から救った実力があった。
(何と言っても、歴代配偶者まで発病するのは尋常じゃないわよ)
セルバンテス家が虚弱になってから、もう数世紀が過ぎている。王家もセルバンテス家自身も、お家を再興したいのだ。嫁であろうが婿であろうが、王家が後押しする強力な魔法使いが送り込まれる。それなのに、遅かれ早かれ発病してしまうのだった。
(ずいぶんと杜撰じゃない?)
大っぴらに疑う人が出て来ないのが不思議でたまらない。
(配偶者は血縁じゃないのに、遺伝病として片付けちゃうなんて)
小説には登場しないソフィア王女と巡視隊は、前々から疑念を抱いていた。しかし巡視隊は忙しい。年間を通して国内を巡って、治安維持に努めるのだ。ソフィア王女も、別段暇なわけではない。確信のない疑惑を追求する時間はなかった。
(だけど、一周目ではかなり助けてくれたみたい)
連絡が取れるのは一年のうち僅かな期間だ。それでも、頼もしい仲間であることに変わりはないのであった。
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