53 朝食の席にて
先代夫人の幽霊とベルシエラが決意を固めているところへ、ソフィア王女と巡視隊が戻って来た。ザッザッザッと足並みを揃えて走ってくる。そろそろ朝食の時間だ。ベルシエラは鍛錬を諦めて城へ戻ることにした。
一周目と同じく、朝食の知らせは来なかった。今回ベルシエラはゲルダに声かけを依頼して、一緒に朝食室へと降りる。エンリケは笑顔を崩さないが、席を用意させることもしなかった。
森番一家の席もなかったが、ソフィア王女の指示でベルシエラと家族はようやく座ることができた。ヴィセンテは少し遅れて入って来た。ぐるりと見渡すが、なんと席がない。
エンリケ叔父がにこやかに立ち上がる。
「おやおや、ヴィセンテ君。起きては駄目じゃないか。食事は部屋に届いただろう?」
「それより、エンリケ叔父、様」
ヴィセンテは険しい顔で話し出す。エンリケは笑顔を崩さずに、ヴィセンテの方へと近づいて来た。来賓は食事の手を止めて何事かと注目している。
「妻の、席次が、間違って、おり、ますが?」
ヴィセンテは常にゼイゼイと息を切らしている。これは魔法酔いとは別の問題だろう。魔法酔いは、その名の如く魔法に酔う病気なのだ。どちらかと言うと、病気というよりも体質と言ったほうが近い。
ヴィセンテは生まれた時から虚弱だったのだろうか?小説には、その点が言及されていなかった。幼い頃に魔法酔いの症状が現れて、以降は薬を飲みつつ病床に就いた。もしかしたら、魔法酔いの影響で頻繁に倒れるようになったのかもしれない。
(後でお姑様に聞いてみましょう)
先代夫人の幽霊は、あの崖に残っていた。なぜ付いて来なかったのかは不明だ。ベルシエラは、食後の散歩にかこつけて先代夫人を尋ねてみようと決めた。
エンリケは、ヴィセンテの指摘に答えない。ずいぶんと無礼な態度である。だが、物腰柔らかな紳士が若い当主の体調を気遣うという演出は、人々の眼を曇らせた。
エンリケ叔父は、これ見よがしにヴィセンテを支える。トムとエンリケが両側から支えているかたちだ。
「トム、ヴィセンテ君がご無理なされないよう、もっと気を配りなさい」
体力のない当主は、大人の男2人に抑えられては抵抗が出来ない。強制退場である。
「まて、上座に、私たち、夫婦の席を、設け、よ」
「いけません。お加減が悪くなりますよ?」
「わたし、が、座らずと、も。夫婦の、席は、上座に、設けよ」
ヴィセンテも黙ってやられはしなかった。朝食会場は静まり返っていたので、途切れ途切れの言葉でもよく響く。
欠席だからと言って当主とその妻が座るテーブルが無い異常さに、親戚は初めて気がついた。もう20年近く続いていた状況なのだ。皆そういうものだと受け入れてしまっていたのである。
ソフィア王女と巡視隊の面々、それから四公爵家の当主たちはヴィセンテの采配を見て満足そうに目を細めた。
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