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貴方は私が読んだ人  作者: 黒森 冬炎
第三章 ベルシエラ、美空、再びベルシエラ

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50/247

50 第一部と第二部は飛ばせる

 小説「愛をくれた貴女のために」では結局、ヴィセンテとエリザベスは良い感じになることが一度もない。エリザベスが馴れ馴れしく追い回すだけである。エリザベスはどんなにつれなくされても、ポジティブにアプローチを続けた。ただ、エリザベスも悪役ではなくて、コメディ・リリーフとして活躍した。


 小説のヴィセンテは調べれば調べるほど、亡き妻に恋焦がれて愛を深めて行く。最初からヴィセンテの心には、入り込む隙間などなかったのだ。



 美空になる直前に見た夫ヴィセンテの愁嘆場、それから小説「愛をくれた貴女のために」の深く妻を愛するヴィセンテ。その姿を思い浮かべて、ベルシエラ=美空は罪悪感を覚えた。


(私、旅行を楽しんでもいたのよねー)


 治療方法の収集は、ベルシエラが遠出する唯一の目的というわけではなかった。


(薬湯の配合だって趣味みたいなもんだったし?)


 王から下賜された婚姻支度金をつぎ込んで、高価な薬効鉱物や植物辞典を買い集めたのも事実だ。高名な学者を訪問する為に、上等なドレスを仕立てた事もある。


(贅沢三昧と言われても仕方ないわね)


 ソフィア王女の紹介で実現したドレスの準備は、なかなかに楽しかった。


(一周目の私、まあまあ悪妻よねー)


 ベルシエラは、一周目の行動を反省した。家の財には手をつけなかった。それでも、病人を置いて気ままな旅をしたことは否めない。そうかと思えば、引きこもって本を読み続ける。呼ばれても顔を出さず、自分の都合だけで暮らしていたのだ。これは流石に行きすぎである。



 一周目のベルシエラは、ヴィセンテの病気を気の毒に思った。病人が怒りっぽくなるのも良くある事だ。だから、ヴィセンテの生活が少しでも快適になるように、と研究に励んだのだ。それは単なる同情から始まって、探究心を満足させる趣味へと変化していった。


(一周目の私、ヴィセンテを愛していたわけじゃないわねぇ)


 病人を口実に趣味に走る。ちょっとしたマッドサイエンティストだ。目的は世界征服や滅亡ではないのだが。身勝手なことには変わりがない。


(お姑様に悪女(ヴィラネス)扱いされる筈だわー)


 吹っ切れた後の美空は、献身とは程遠いところにいたのである。



(今回は幸せにしなくちゃ)


 魔法酔いに有効な薬や生活習慣は、一周目で見つけた。小説第一部は省略出来る。小説ヴィセンテの横暴を阻止した今、後悔男子は誕生しない。


 読者アドバンテージと時間跳躍者(リーパー)特典で、ヴィセンテの敵方はおおよそ把握している。必然的に探偵パートの第二部も要らない。


 後は、今世の新要素である黒幕の存在だけが気がかりだ。かつて後悔した男と、前世の行き過ぎた自由行動を反省した女が、これからは手を取り合って夫婦となる。凄惨な復讐劇で幕を閉じた小説第三部を、大きく書き替えることが出来るだろう。


(ハッピーエンド、意外と早く来るかもね?エンリケ一派め、首を洗って待ってらっしゃい)


 美空=ベルシエラは、少々不穏な微笑みを浮かべた。それはカステリャ・デル・ソル・ドラド、即ち黄金の太陽城の新たなる夜明けであった。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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