5 私は魔法を使う人
ノコギリ鳥の食餌にショックを受けた日から、ベルシエラたちは毎朝川沿いを見回った。アレックスは一々地図に印をつけている。
魚の横取りに訪れる大きな鳥や獣は、糸鋸に似た嘴の餌食になった。ノコギリ鳥そのものを狙う獣もいる。時に死闘を繰り広げ、辺りには小さな羽と獣の毛が舞い上がる。ギャーギャーという耳障りな叫びは、ノコギリ鳥の威嚇する声だ。
(うおお、凶暴だなあ)
初めて死闘を目撃した時、ベルシエラは凝視してしまった。
「ばかっ、何してる!危ない!」
声と同時に近くの木から、にゅっとアレックスの腕が伸びて来た。アレックスとディエゴは、枝に登って避難していたのだ。
「あっ」
アレックスの手がベルシエラの腕を掴む直前のことだ。オレンジ色の獣にノコギリ鳥が投げ飛ばされた。糸鋸状の嘴は、まっすぐベルシエラに向かってくる。
ベルシエラは、反射的にナイフを抜いた。やや反り刃の薄く短い刃物である。抜いた刃を鮮やかな空色の炎が覆う。これも無意識に行ったのだ。
大きな獣を刺しても折れないノコギリ鳥の嘴が、スッパリと切り捨てられる。刃の炎はそのまま小鳥を包み、絶命させた。小鳥を追って飛びかかって来たオレンジ色の獣も、ベルシエラが振るうナイフの前では、風に飛ばされた涎掛け程度に見える。
(夢楽しい、最高)
この森で数週間。
(二度寝の夢にしちゃ、ずいぶん楽しめてるわね)
ベルシエラはご機嫌だ。夢だと思っているので、何年過ごそうが現実時間とは関係がないとたかを括っている。起きれば二度寝してからせいぜい20分程度しか経っていないという考えだ。
元々美空は五感のある夢を見る。夢を見ているという自覚があるのは初めてだが、そういう夢もあるのだと聞いたことがあった。夢にしては突然場面が変わることがないのだが、それも、そんな夢もあるのだろう、で済ませている。
夢の家族も美空自身も、お喋りな方ではない。生活は単純である。家族はベルシエラの言動を不審がる様子もないので、波風も立たず平和だ。
(ベルシエラだけ見た目が全然違うけど、夢だからね)
暮らしの中で抱く違和感は、全て夢だからで済ませてしまう。
「ベルシエラ、そろそろ発光石に魔力を足してくれると助かるんだけど」
ある晩、母親に頼まれた。発光石とは、光る石のことだろう。各部屋にひとつずつ置いてある。ベルシエラはナイフが自動的に魔法の炎を纏ったことを思い出す。
(よくわかんないけど、触っとけばいいのかしら?)
実際、触れるだけで弱まっていた光が強くなった。
「ありがとう。明るくなった」
「うん」
「はー、お母さんも魔法が使えたらなぁ。色々便利なのに」
「へへ」
「悪いけど、他の部屋の発光石もお願いね」
ベルシエラは軽く頷く。どうやらこの家で魔法が使えるのは、ベルシエラだけのようである。
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続きます