47 民間療法
ヴィセンテはガヴェンからの手紙を丁寧に読んだ。
「どれどれ、成る程?それで、これが、その薬、湯だと?」
「左様でございます。予防にも使えます。健康な人でも飲めますから、お毒見させていただきましょうか?」
「解毒剤を飲んでいるかもしれませんよ」
トムは臆面もなくベルシエラを中傷した。
「あら。それならトム、あなたがお毒見なされては?」
ベルシエラはすかさず提案した。
「たの、めるか?」
トムの顔が一瞬強張った。
(何かしら?)
トムはお毒見役も兼ねているのだ。なぜ今回に限って躊躇うのか。
(あらら?あなたこそ、いつもは解毒剤を飲んでるのかしらぁー?)
ベルシエラは疑いつつ、陶マグをトムに預ける。トムはポケットからお毒見スプーンを取り出すと、恐る恐る薬湯を口にした。しばらく観察していたヴィセンテは、安全だと判断してマグを手にした。
その日からベルシエラは、野山や村をを駆け巡り始めた。時には数日城を空けることもあった。帰宅後、実験のため部屋に篭ることもあった。
薬になる鉱物や珍しい草や実を持ち帰ることも多かった。先代夫人の眼には、それが引き籠ったり遊び歩いたり、贅沢に興じたりしているように見えたのだろう。
「ヴィセンテ様、今回訪ねた村で聞いたのですが」
「なんだ、また、新し、い、薬か」
帰城したベルシエラが報告に行くと、ヴィセンテは決まって煩そうに呟く。
「いえ、魔法を使わないで床ずれ防止をする方法です」
「また、そんな怪しげな民間療法を」
いちいちトムは邪魔をする。
「いいんだ、トム。なんでも、試して、みようじゃ、ないか」
ヴィセンテは不機嫌そうな目つきをしながらも、ベルシエラの調査を信頼していた。花粉を配合した薬湯の効果が出始めたからもある。だがそれだけではなく、ベルシエラは詳細な情報を伝えていたからなのだった。
誰に、いつ、どこで、何を、どんなふうに聞いたのか、ベルシエラは正確に説明した。最初のうちヴィセンテは、使者を送って確認していた。だがそのうち、ベルシエラの言葉だけで試してみるようになった。
トムはエンリケに都度知らせ、エンリケはしばしば抗議に現れる。ヴィセンテには不用心だと小言を言う。王命で嫁いで来たベルシエラを、既に数年間追い出す事が出来ずに痺れを切らしていた。無視した挙句に、やっと顔を向けたかと思えば暴言、嫌味、侮辱、拒絶に、否定とくる。
そんな事があっても、既に吹っ切れていたベルシエラは動じなかった。
「お疑いなら、御存分にご調査をなさいまし」
「なんと無礼な。森番の娘風情が」
悠然と構えたベルシエラに、エンリケは怒りをぶつけるのだった。エンリケはヴィセンテと違って、事実や理性よりも感情や偏見に従う人物であったのだ。そういう人には、真実も証拠も意味をなさない。ただ自分が見たいようにしか見ないのだから。
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