46 一周目ガヴェンからの手紙
熱を出して横たわっている間、ベルシエラの部屋には誰も来なかった。医者を断ったら、薬どころか水の補給にすら人が現れない。
いつもは食べ物をくれるテレサも、わざわざ部屋までは来なかった。すれ違いざまに渡すのとはリスクが違いすぎるのだ。ベルシエラの味方だなどと知られれば、城での立場は悪くなる。
(奥様と呼ばない、食べ物も薬もくれない人たちに、押し除けられて暮らすのは、もうたくさんだわ)
強靭な肉体の自然治癒力のみで、ベルシエラは半日で回復した。午後早くに汗を拭きながら、これからは好きに暮らそうと決めた。良妻となる努力をやめた途端に、どこか清々しい気持ちになった。
翌朝早く、ベルシエラは手早く身支度をした。森番小屋時代の服は擦り切れているが、なんとかまだ着られる。ベルシエラはボロを纏って早朝の山路を走りだす。
一周目でも結婚式の翌朝にソフィア王女たちと走った。それ以来、毎朝山を走るのは習慣となっていた。門番も淡々と通してくれる。ひと走りして城に戻ると、郵便室に放置されているベルシエラ宛の手紙を回収した。
(あら?)
ガヴェンからの手紙には、魔法酔いを緩和する植物が紹介されていた。
(これ、毎朝通る場所にある花じゃないかしら?)
ベルシエラは今来た道をとって返して、ちょうど花時のその樹を確かめた。残念ながら今日はもう花が萎んでいた。
(けど、間違いなさそうね。木肌、葉の形、色、花のつき方、花びらの形、枚数、おしべとめしべの数、弱くなってるけど気持ちが鎮まる穏やかな香り、ぜんぶ一緒だもの)
翌朝は花が咲く時間に間に合わせた。花粉を採取し、ガヴェンの紹介通りに薬湯を煎じる。
「効きそうな匂いね」
いかにも薬、と言う癖のある匂いがする。エンリケ叔父がくれる水薬は、子供にも飲みやすそうな爽やかな香りだ。
「子供の頃から飲んでるらしいから、あの水薬は効き目も穏やかなものなんじゃないかしら?」
飲みにくい薬や新しい習慣に、ヴィセンテは拒絶を示す。
「また抵抗されるかしらね?まるで子供よね」
少しおかしくなって、ベルシエラはにこにこしながら薬を運ぶ。ヴィセンテの部屋につくと、毎朝の如くにトムが待ち構えていた。無言で差し出す洗濯物を、ベルシエラも無言で籠に受け取める。
「なんだ、早く、出ていけ」
ベッドから弱々しい声がする。トムは水薬を飲んだ後の小さなコップを受け取ろうと手を伸ばしていた。
ベルシエラは、蓋付きの陶マグを持ってベッドに近づく。トムが威嚇するようにこちらを向いた。
「なん、だ」
ヴィセンテが警戒心をむき出しにする。
「巡視隊のガヴェン・ファージョン様よりお知らせいただいた、魔法酔いを和らげる薬湯にございます」
「ガヴェンから?」
ヴィセンテが興味を示したので、証拠として手紙も差し出す。トムが受け取ろうとするのを制止して、ヴィセンテは骨と皮ばかりの指で手紙を掴んだ。
お読みくださりありがとうございます
続きます




