45 一周目のベルシエラ
小説のベルシエラは、介護疲れで壊れてしまった。それは、先代夫人の見解だったのだ。実際にベルシエラ=美空に残された記憶では、少し事情が違う。
確かに一周目のベルシエラは、献身的な介護からスタートした。だが壊れて悪妻になったかと言うと、そうでもないのだ。
いつまで経っても暴言や無視を続ける、虚弱な夫ヴィセンテ。病気だから。当主なのに叔父に任せきりだから。名ばかり魔法公爵家を復興させるために、魔法の力目当てで森番の娘を娶らされたから。理由は様々考えられる。
一方でベルシエラも人間である。虐待されてこき使われる生活が平気なわけではなかった。まして、結婚前には仲の良い家族と幸せに暮らしていたのだ。拾われた行き倒れの幼児だったとしても。
「これ、こっそり食べちゃって」
「いつもありがとう、テレサ」
「しっ、はやく。誰か来ちゃう」
初めは監視の眼を光らせていたテレサは、ベルシエラの献身を次第に認めるようになって行った。食事をわざと忘れられる事も頻繁にあったが、テレサのおかげで飢え死には免れたのだ。
セルバンテス家に強い魔法使いが誕生することを夢見る人々はいた。強力な魔法使いの血を入れるだけのために嫁入りしたはず。しかし、子供が望める環境ではなかった。一周目のベルシエラは、ひたすら介護の日々だった。
(こんなの、介護人じゃないの。それも、食事すらまともに与えられないなんて)
数年経っても事態は好転せず、世継ぎを望むヴィセンテ派からの支持も減っていった。ベルシエラは、広くて古い黄金の太陽城で、独りぼっちだと感じていた。
ある朝、ベルシエラは頭が持ち上がらないほどの熱を出してしまった。身体は丈夫なので、数年ぶりの重症だった。
「ベルシエラ様、如何なされましたか?お具合でも?」
扉の外からテレサの老いた声がする。起きて来ないベルシエラを不審に思ったのだろう。
「そうなの。ごめんなさい、ちょっと今日は起きられないわ」
「お医者様をお呼び致しましょうか?」
「いいのよ、先生のお手を煩わせるわけにはいかないもの」
「左様でございますか?では、お好きに」
テレサは飢えを凌ぐ食べ物をくれる。だが、それだけである。ベルシエラの働きぶりを評価しているが、心根を買っているのとは違う。テレサにとって、ベルシエラはあくまでも余所者だ。価値は殆どない。
王命で嫁いで来た、魔法が得意なだけの庶民。当主からも当主代理からも、女主人として認められていない。期待した世継ぎも生まれる見込みがないのだから。
与えられた仕事は介護だけ。それすら、介護される当人からは嫌がられている。黄金の太陽城でベルシエラがお荷物扱いだったのは、当然の成り行きだった。
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