42 美空になったベルシエラ
先代夫人は手にしたネックレスを振りかざす。幽霊になっても身につけていた、彼女の魔法媒体だ。嫁なので媒体は杖ではない。
「もどれ!もどれ!もどれーっ!」
夫人はエンリケの魔法を遮ろうと必死で魔法を放つ。母の愛は凄まじく、幽霊だと言うのに魔法の波がエンリケの炎を飲み込んでしまう。
「えっ、あ、ちょっとぉー?」
ただ困ったことに、ベルシエラもその波に飲み込まれてしまった。エンリケは魔法が不発に終わり呆然と立ち尽くしている。炎を放った確かな手応えがあったのだろう。それが逆流して杖に戻ったように見えたのだ。
ベルシエラの魂は身体に戻りそうだったのだが、波の方向はエンリケの杖だ。魔法の流れに引っ張られてしまう。ベルシエラは杖に吸い込まれないように抵抗した。尋常ではない魔法が渦巻いて、ヴィセンテは魔法酔いで蒼くなる。
「くっ、何が起きているんだ?」
理解は出来なかったが、ヴィセンテは下腹に力を入れて足を前に出し続けた。大切な妻を城まで運ぶと決めているから。
「わああああ!」
「ベルシエラさん!」
「お姑様ぁー!」
ベルシエラはぐるぐると旋回した。
「目が回るよぅ!」
ベルシエラの持っていた魔法の力、先代夫人の魔法、エンリケが使った炎の魔法、それからヴィセンテが持つ僅かな魔法。あるいは、今は弱らされている強大な魔法。それらが全てごちゃ混ぜになる。ヴィセンテでなくとも魔法酔いになる程だ。
「くぐぅ、これはきつい。久々の感覚だな」
エンリケ叔父も幼少期以来の魔法酔いに苦しんでいた。杖を地面に突き立てて、しがみついている。青褪めて眉を寄せ、立っているのもやっとと言う様子であった。
ベルシエラは満足気にエンリケ叔父を見下ろした。しかし、魔法の波でもみくちゃにされている。
「うふふ、いいきみぃぃ」
「ベルシエラさーん!」
先代夫人の幽霊が手を伸ばす。だが届かない。ベルシエラはグイグイと渦の底へ巻き込まれて行った。
「ひゃああああー助けてぇぇー」
やがてベルシエラの意識は途切れた。
(なんだろう、暖かい)
次に気が付いたのは、ゆらゆらと何かに浮かんでいる時だった。優しい声が聞こえてくる。
「赤ちゃん、いい子ね。早く会いたいわ」
「元気に出てこいよ」
「あっ、動いた」
「本当かっ?お、本当だっ」
それから寝たり起きたりして、音楽やお話も聞かせてもらった。ふわふわと暖かく、満ち足りた気分であった。ある日暗い路をグイグイと這い進み、明るい世界に生まれ出た。
「こんにちは、美空ちゃん。お母さんよ」
「おおー、美人だな!美空ちゃん、お父さんだぞ」
美空は幸せに育って行った。しかし、ベルシエラとしての記憶は無かった。何一つとして覚えてはいなかった。
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続きます