表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貴方は私が読んだ人  作者: 黒森 冬炎
第三章 ベルシエラ、美空、再びベルシエラ
41/247

41 幽霊たちのもどかしさ

 先代夫人の幽霊も、呆れて息子の愁嘆場を見下ろしている。


「そうねえ。どう致しましょうか。ベルシエラさん」


 このまま放って置いたら、ヴィセンテはいずれ自ら命を絶ってしまう。木陰で一部始終を見ているエンリケ叔父は、余裕の笑みを見せていた。どうせヴィセンテには何も出来やしないとタカを括っているのだ。


「私が閉じ込められていた場所には、怪しげな道具や毒草がありました。あの薬に呪いが込められていること、証明できるかも知れません。それをどうにかヴィセンテ様にお知らせしなくては」

「でもねえ、あの子、私どもにはちっとも気がつかなくってよ?」

「ええ。困りましたねぇ」



 幽霊たちがオロオロしている下で、ヴィセンテがふと地面を見た。枯れ草が分厚く積もった中に、何か翠色に光る物がある。


「何だ?」


 木陰のエンリケが身じろぎした。再び杖に魔法を注ぎ始めている。


「駄目よ!させないわ」


 ベルシエラの幽霊が急いでエンリケ叔父の方へと飛んでゆく。ヴィセンテは片手を伸ばして、翡翠色の宝石がはまった四角いブローチを拾い上げた。


「エンリケ叔父様のブローチ?でもベルシエラさんの魔法の気配がする。一体どうして?」


 エンリケ叔父の柔和な顔が微かに崩れた。そのブローチには、瀕死のベルシエラが短い記録を残しているのだ。殴られて倒れる瞬間にエンリケの襟元からちぎり取り、咄嗟に魔法を刻んでいた。自分はエンリケに殺されたのだ、と。



 ベルシエラは杖に触れることが出来ない。飛びかかって引き倒すことも出来ない。


「ああ、もどかしい!悔しい!」


 ベルシエラは歯噛みした。自分が見ている目の前でみすみす夫を傷つけられるなんて。


「エンツォ、逃げなさい!」


 先代夫人も虚しく叫ぶ。



 開祖の杖を使えないとはいえ、その所有権は移っていない。いまだにヴィセンテのものである。継承者がいないまま当主が亡くなれば、開祖の道具は王家が預かることになっていた。正統な後継者の選定方法は、四魔法公爵家の当主と王とその後継者しか知らない。


 万が一の保険として、ファージョンは口伝を秘匿している。だが、それは必要な時正統な後継者に知らされるだけ。外部に漏れることはない。


 エンリケは当主代理だが、後継者に指名されていない。だから、今ヴィセンテが命まで奪われるとは考えにくい。しかし、寝たきりにされるくらいはありそうだ。


「ギラソル魔法公爵様!逃げてぇぇ!」


 ヴィセンテはブローチをポケットにしまうと、地面に膝をついた。そして虚弱な身体に鞭打って、妻の亡骸を背中に負う。高い位置で束ねた癖のない銀色の髪が、妻の黒髪を掠めてヴィセンテの肩から胸元へと流れ落ちる。


「ああっ、魔法がっ!」


 とうとうエンリケの魔法が杖から放たれる。真っ赤な炎が、立ち去りつつあるヴィセンテに向かって飛んでゆく。


お読みくださりありがとうございます

続きます

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ