41 幽霊たちのもどかしさ
先代夫人の幽霊も、呆れて息子の愁嘆場を見下ろしている。
「そうねえ。どう致しましょうか。ベルシエラさん」
このまま放って置いたら、ヴィセンテはいずれ自ら命を絶ってしまう。木陰で一部始終を見ているエンリケ叔父は、余裕の笑みを見せていた。どうせヴィセンテには何も出来やしないとタカを括っているのだ。
「私が閉じ込められていた場所には、怪しげな道具や毒草がありました。あの薬に呪いが込められていること、証明できるかも知れません。それをどうにかヴィセンテ様にお知らせしなくては」
「でもねえ、あの子、私どもにはちっとも気がつかなくってよ?」
「ええ。困りましたねぇ」
幽霊たちがオロオロしている下で、ヴィセンテがふと地面を見た。枯れ草が分厚く積もった中に、何か翠色に光る物がある。
「何だ?」
木陰のエンリケが身じろぎした。再び杖に魔法を注ぎ始めている。
「駄目よ!させないわ」
ベルシエラの幽霊が急いでエンリケ叔父の方へと飛んでゆく。ヴィセンテは片手を伸ばして、翡翠色の宝石がはまった四角いブローチを拾い上げた。
「エンリケ叔父様のブローチ?でもベルシエラさんの魔法の気配がする。一体どうして?」
エンリケ叔父の柔和な顔が微かに崩れた。そのブローチには、瀕死のベルシエラが短い記録を残しているのだ。殴られて倒れる瞬間にエンリケの襟元からちぎり取り、咄嗟に魔法を刻んでいた。自分はエンリケに殺されたのだ、と。
ベルシエラは杖に触れることが出来ない。飛びかかって引き倒すことも出来ない。
「ああ、もどかしい!悔しい!」
ベルシエラは歯噛みした。自分が見ている目の前でみすみす夫を傷つけられるなんて。
「エンツォ、逃げなさい!」
先代夫人も虚しく叫ぶ。
開祖の杖を使えないとはいえ、その所有権は移っていない。いまだにヴィセンテのものである。継承者がいないまま当主が亡くなれば、開祖の道具は王家が預かることになっていた。正統な後継者の選定方法は、四魔法公爵家の当主と王とその後継者しか知らない。
万が一の保険として、ファージョンは口伝を秘匿している。だが、それは必要な時正統な後継者に知らされるだけ。外部に漏れることはない。
エンリケは当主代理だが、後継者に指名されていない。だから、今ヴィセンテが命まで奪われるとは考えにくい。しかし、寝たきりにされるくらいはありそうだ。
「ギラソル魔法公爵様!逃げてぇぇ!」
ヴィセンテはブローチをポケットにしまうと、地面に膝をついた。そして虚弱な身体に鞭打って、妻の亡骸を背中に負う。高い位置で束ねた癖のない銀色の髪が、妻の黒髪を掠めてヴィセンテの肩から胸元へと流れ落ちる。
「ああっ、魔法がっ!」
とうとうエンリケの魔法が杖から放たれる。真っ赤な炎が、立ち去りつつあるヴィセンテに向かって飛んでゆく。
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続きます