4 ノコギリ鳥は凶暴
奇跡的に正しく装備が出来ていたので、父子3人は滞りなく森の巡回へと出かけることができた。しばらく無言で進む。ディエゴは朗らかだが、お喋りではない。アレックスも必要なことしか口に出さないタイプだ。
3人はひんやりと気持ちの良い森の空気を感じながら、重なり合う枝々を潜って進む。しばらく歩くと、渓流に出た。
「父さん、この巣はまだ先みたいだね」
「そうだな」
川のそばに灌木の茂みに埋もれるように、小鳥の巣がある。卵が3個、細い枝と羽毛や苔に包まれていた。鶉の卵くらいの大きさである。レモン色に黄緑の絵の具をポタポタと垂らしたような模様だ。これがノコギリ鳥の卵だろう。
川を遡って行くと、瀬音に紛れてギコギコと木曳きの音が聞こえて来た。先に立って進むアレックスが足を止める。ディエゴとベルシエラも立ち止まった。そこからは慎重に灌木の茂みを観察してゆく。
ひとつの巣に、2つ分の卵の殻が残っていた。孵化したのだ。そこから先は地面を見ながら森の下草や枯葉を踏んでゆく。右手の川は楽しげな音を聞かせてくれた。豊かな水量の渓流は、大岩に砕けて飛沫をあげる。岩の間をすり抜けた水は、白糸を巻き取るオダマキの如くに渦を作る。
(夏、にしては新芽が多いかなぁ?)
堤にはスミレのような紫色の花が、低く張り付くように群れていた。甘い香りが春先の穏やかさを感じさせる。
(ここでも菫は春に咲くのねぇ)
この森にある小屋で目を覚ましてから、まだ数時間しか経っていない。だが、美空が生きて来た場所と同じ部分を知ると安心できた。ここは、似ているようで違う。全く異なる植生の中へと放り込まれたよりも、却って落ち着かなくなるのだ。
川上に生えた古木も、元いた世界の柳によく似ていた。髪の毛のように垂れた細い枝は、水面に届いている。縄暖簾を分けるように、枝の間から糸鋸の刃のような物が突き出している。
(え、ええっ?)
岸に近い所には平たい岩があり、やや浅くなっていた。ギコギコと粉を散らしながら糸鋸が動く。柳の枝先は次々と平岩に落ちて低い堤防のようなものを作った。そこへ急流を跳ね回る桜色の小魚が、どんどん突っ込んでくるのだ。
(ビーバーのダムみたいなものかしら?)
小枝の堤防に引っかかってピチピチと身を捩る魚は、鮎くらいの大きさがある。柳から飛び出したとても小さな鳥の3倍くらいだろうか。小鳥たちは糸鋸状の嘴で桜色の魚を串刺しにした。
(うわぁ。生臭い)
それから勢いよく小さな頭を振り、スミレの群れ咲くところへ魚を投げ上げる。ベチベチと鈍い音を立てながら、水色の川魚があっという間に積み上がる。
小鳥たちの数倍にも及ぶ高さの小山が出来ると、親鳥二羽と雛鳥二羽が仲良く魚を呑み込み始めた。細長い嘴をパックリとあけて、雛鳥にとっては4-5倍ありそうな魚をついと呑む。
(体が膨らんでない。物理法則とか、考えたら負け?)
ベルシエラは夢の中なのだから、と納得して、前を歩く2人について行く。
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続きます