36 ベルシエラ・ルシア・セルバンテスの物語
ソフィア王女は、上機嫌でベルシエラを迎え入れた。他のみんなも手をあげたりにこにこ笑いかけたり、と歓迎の意を表した。
「あら、ベルシエラ!良くきたわね!さ、さ、一杯どうぞー」
「ありがとうございます。その前にひとつ、お願いがございまして」
「よろしくてよ。花嫁さんの望みなら、何なりとー」
テレサは、ソフィア王女の陽気な酔っ払いぶりに度肝を抜かれた。テレサが困惑している間に、ベルシエラの部屋はある程度整った。女主人の部屋は流石に宿泊客がいなかったので、先客との交渉は必要がない。あれよあれよと言ううちに、人が呼ばれて掃除が終わったのだ。待っている間は、当然ベルシエラもソフィア王女の小宴会に出席した。
気がつくとベルシエラは、城の中庭らしき場所を歩いていた。太陽は高く、草木の葉が赤や黄色に照り映えている。深い色味の秋に咲く花々が、中庭を巡る散策路に沿ってお行儀良く並んでいた。
中庭の一箇所には東屋がある。屋根は藤棚のような物だった。雨宿りには向かないだろう。今は花も葉も見えない。数段ある丸木の階段を登って入る造りになっている。中に人影が見える。ベルシエラは近づいてゆく。
急に強い光が辺りを包んだ。光源は東屋である。ベルシエラは血相を変えて走る。光が強くて良く見えないが、ベルシエラにはノコギリ鳥の森で鍛えた方向感覚がある。
「ギラソル魔法公爵様!」
階段を全部飛ばして東屋の中へと飛び込む。一際強い魔法の力を感じ取り、問題の発光源を掴んだ。ベルシエラが魔法を操作して光を止める。
蔓を編んだベンチの上で、ヴィセンテが倒れていた。光源は、ベルシエラが置き忘れた自作の魔法灯である。ヴィセンテは魔法酔いで息も絶え絶えだ。
この魔法灯は、使用者の持つ魔法の力によって明るさが変わる。ヴィセンテでも使えるようにとの思いから、ベルシエラが開発途中の灯りなのだ。目標は、ヴィセンテでも蝋燭より明るく照らせるくらいの道具を作ること。
ベルシエラが東屋に到着した時、ヴィセンテは道具に触れていた。道具は眩く光っていた。ベルシエラの実験中、一度も見たことがないほどの眩さだった。
(ギラソル魔法公爵様は、虚弱で強い魔法が使えない筈だけど)
不思議に思いながら、ベルシエラはヴィセンテを助け起こそうとする。
「ほっといて、くれ!」
ヴィセンテは弱々しく叫んだ。
「何言ってんの!死んじゃうでしょう!」
「寄るな!余計、悪くなる」
「薬を取りに行く間に、悪くなるどころかこの世からいなくなっちゃうわ」
「行け、よ!少し、休めば大丈、夫なんだ」
「うるさいわね。わからずや。片道のほうが早く薬を呑めるでしょうが!」
ベルシエラは強引に夫を担ぎ上げ、城の中へと急ぐのだった。
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