35 ソフィア王女は起きている
テレサは目を白黒させて、どうにか返答を捻り出す。
「あの、当主代理エンリケ様に」
「当主夫人がここにいるのに?」
「ええっと、あの」
「もういいわ。一部屋ずつ訪問致しますから」
そんな事をすれば、ベルシエラが非常識だと言われる。権力者エンリケとセルバンテス家の雇われ人たちが、誰1人として部屋割りをベルシエラに教えなかった事も知られてしまう。
自分の立ち位置も、セルバンテス家の品格も、同時に低く見られることになる。貴族でなくとも、普通の人間なら黙って我慢するだろう。
(けど、それだと小説通り殺されちゃうからね。四魔法公爵家の重鎮や、国王名代のソフィア王女様までいらっしゃる今だからこそ、騒ぎを起こさなくちゃ)
ソフィア王女は国民から絶大な人気を誇っている。狩の女神とまで呼ばれている。馬上で弓を構える姿が像や絵姿になり、お土産物として売られる程だ。
テレサは青くなった。
「どうか、ご容赦を。皆様既にお休みですし」
「あら?ずいぶんと長く歩かされたと思ったけど。花嫁が居室に案内されるより先に、みんな寝支度を済ませて眠ってしまわれたのね?」
「いえ、それは」
テレサは早く立ち去りたい想いでいっぱいだ。ベルシエラは少し気の毒になってきた。
「ここも本当はお客間じゃなくてただの空き部屋だったんでしょうけど。そこはどうでもいいのよ」
庶民的な物言いに、テレサは僅かな侮蔑を見せた。ベルシエラの言うことは、すんなり通らないだろう。
「とにかく、偉い人の同意が必要なら、ソフィア王女様とお話をさせてよ。私の先生なんだから、よいアドバイスをくださるに違いなくってよ」
「えっ、先生」
「あら、知らなかったの?」
ベルシエラは、ろくに知りもしない人を軽蔑する愚かさを指摘した。
「分かったら早く案内して。この時間なら多分、巡視隊をお部屋にお呼びになって呑みなおしてるわよ」
ソフィアは武人で酒豪である。様子が変わらないザルタイプではなく、酔っ払ったまま永遠に飲み続けるウワバミ系統だ。隊長とガヴェンがザルなので、いつも最後は3人で朝まで呑んでいる。ただしガヴェンはフランツと盛り上がると酒乱になる。フランツが潰れた後、再び正気に戻るのだ。そして、平気で朝から訓練を開始する。
「さ、早く。それとも、明日の朝、ソフィア王女様とご当主様に今あったことをお話しする?」
「お赦し下さいませ!王女様とお親しいとは存じませんで。只今ご案内いたします!」
テレサは流石にまずいと思った。慌てて一階の端から2階の貴賓室へと先に立って案内する。
扉が開くと、果たして王女は巡視隊と宴会の真っ最中だった。森番一家は不参加である。ゲルダも含めた巡視隊全員が王女の部屋に集合していた。巡視隊が首都にいる春の間、毎晩繰り広げられていた光景である。
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