34 誰に指示を仰ぐのか?
「ギラソル魔法公爵様は、気絶寸前だったのに、私を庇ってくれたじゃない。兄さんも聞いてたでしょう?妻に敬意を、って」
「そういやぁ、そうだったな」
ベルシエラは誤解を解くことができて、ひとまずは安心した。その後で起きた心の会話については、黙っておくほうが良さそうだと判断した。
果物にチーズ、そして焼いたカスタードが振る舞われ、会食はお開きとなる。真夜中なので、みな城に泊まって行く。テレサに案内されて、ベルシエラも自室に到着した。
「お部屋のご用意が間に合いませんで、ご容赦くださいませ。今日はどうか、お客間で」
「あら、王命が下されてから一年近くあったのに?」
夫が妻に敬意を、とせっかく言ってくれたのだ。ぞんざいな扱いには抗議しても良いだろう。
「どうか、平にご容赦を。明日には必ず」
このような歴史ある家系なら、代々の女主人が使う部屋があるはずだ。本来なら、今すぐに女主人の部屋を空けさせることになるだろう。
(どうしたらいいかしら?エンツォはもう気絶してしまったし。この家の最高権力者は、今エンリケ)
そこまで考えて、はたと気がついた。
(最高権力者。そうよ。ソフィア王女様がいらっしゃるじゃないの)
礼節をわきまえたソフィア王女は、家長には従う。
(その家長は何と仰せでしたかしら?)
ベルシエラはひとりニコリと笑う。それを見たテレサは、納得してくれたかと胸を撫で下ろした。
「ソフィア王女様はどちらに?」
思いがけない問いかけに、テレサはすぐには答えられない。まごまごした後で、硬い表情を作った。
「お伝えできません」
「なぜ?」
「お泊まりの方々のことを、他の方に告げてはならないのです。まして王女様ですから」
ベルシエラは呆れてしまった。
「他の方?じゃあ、どなたがお部屋を決めたの?」
「エンリケ様です」
「あら、代理人が知っているのに、私に教えられないなんて変ね?」
テレサは怪訝そうにベルシエラを伺った。何が変なのか解らないのだ。エンリケは20年以上当主代理人を勤めている。目の前の女はよそ者だ。
「防犯の為にも、お客様のお部屋を知っておくのは、女主人の役割ではないかしら?」
「えっ」
小説のテレサは、ヴィセンテ派だった。だが現時点でベルシエラは信頼されていない。セルバンテス家を脅かす敵だと思われている。
「えじゃないわよ。失礼ね。ギラソル魔法公爵様は、妻に敬意を、って仰ったでしょ?」
「いえでも、あの、確認して参ります!」
立ち去ろうとするテレサを、ベルシエラは引き留める。
「一体どなたに確認なさるの?ヴィセンテ様がお休み中の今、指示を仰ぐべき上長は私ではなくて?」
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続きます
閑話 殿下陛下閣下問題
ネットで検索すると、怪しいページがたくさん出てきますが、現代日本語の公式敬称一覧はこちら。変化する可能性もあるので、実際に使用する場合には該当国に確認が必要。
外務省、各国国家元首名称一覧
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ms/po/page22_001297.html
外務省関係者が公表してますけど、個別敬称は各国当事者に問い合わせるようにとの注意書きがある。
外務省職員による解説と一般名称まとめ
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/local/database/pdfs/protocol42.pdf
これを元にナーロッパ慣例と比較してみました
日本国
皇太子妃
殿下
ナーロッパ
皇太子妃、王太子妃、王子妃
殿下
陛下
日本国
皇后、王妃、王配
陛下
明治から昭和初期一般文学
「皇后様」「お妃様」「王妃様」
ナーロッパ
皇后、王妃
殿下
日本国
大公国の国家元首
現代日本語に於いて、大公国の国家元首は概ね殿下。敬称はその人の肩書きにもよるので、枢機卿との共同統治の場合、枢機卿元首は猊下。
ナーロッパ
大公、公爵
閣下、殿下、陛下
ナーロッパでは共和国にすら「王」が君臨することがあるため、もうなんでもよいのでは
本来、妃殿下は王の息子の妻に対する敬称ですけど、ナーロッパ慣例に従って、王妃を「妃殿下」呼びさせてる自作もあったような
違和感はあるので、そのうち明治ごろの翻訳文学で主流だった「様」に統一するかもしれません
最近はあまりナーロッパという表現も聞きませんしね
そもそも、ハイファンナーロッパのフォーマットと恋愛ナーロッパのフォーマットは別物なのに同じものとして語られてきましたから、何一つあてにならない
そんなわけで、本作は便利な日本語「様」に統一




