33 黄金の太陽城での第一夜
ヴィセンテの部屋から離れるにつれ、ベルシエラは何か引っ掛かるような感じがした。
(なんだろ?何か、ちょっと、気になる)
控室に着くと、女性は手早くベルシエラのヴェールとマントを外した。
「さ、参りましょう」
藍色のドレスだけになって、ベルシエラは宴席へと案内される。
(あ!そうよ。魔法酔い。心の会話は何の問題もなく出来たわ。あれは何故なのかしら?魔法とは違うの?)
上座にエンリケ叔父がいる事を忌々しく思いながら、ベルシエラは盃を手にした。
(明日聞いてみましょう)
ヴィセンテとベルシエラが心で会話をする場面は、小説には出てこなかった。念話のような魔法も、小説「愛をくれた貴女のために」には登場していない。
(でもまあ、夢だしね)
小説と違う所は、既にたくさんあるのだ。ベルシエラはいつものように夢のせいにして、考えるのをやめた。気遣ってくれる森番一家や巡視隊の面々と言葉を交わしながら、今は食事を楽しむことにした。
婚姻の宴は豪華なものだった。柔らかな炙り肉は何種類もある。牛、羊、鶏。それからこの世界でしか見たことがない動物達の肉。裏漉しされてとろみのある豆のスープ、野菜たっぷりの煮凝り。スパイスをきかせて焦げ目を付けたレバーペースト。
大きなお皿が次々にエンリケの前に置かれる。エンリケは肉を切り分け、後ろに控えた配膳係が受け取る。
(家長面するなら、新しい女主人を皆に紹介するくらいしなさいよね)
ベルシエラがギリリと睨みつけるので、ゲルダとディエゴが両脇から背中をさすってくれた。ベルシエラは家族と仲間の温もりにほろりとした。
「ヴィセンテの奴が正気になって良かったよ」
ガヴェンが大きなパンをナイフで削ぎながら言った。数人分ずつ盛り分けられた炙り肉の中から、ガヴェンは数種類を拾い上げる。ナイフの先で器用に吊り上げた薄切り肉を、するりとパンの上に載せて大口を開けた。
「案内係はギラソル魔法公爵がお呼び下すったの?」
ソフィア王女もナイフの先を巧みに操る。すぐに崩れそうな薄切りの煮凝りを一枚とって、パンの上に載せたのだ。隣から隊長がナイフにぶら下げた薄切りの仔羊肉を差し出す。王女は軽く人差し指を上げて断った。
「たまたま通りかかったようでございます」
「何ですって?やっぱり明日、ちゃんとお話をしなくては」
ソフィアは美しい栗色の細眉を顰めた。
「いえ、ギラソル魔法公爵様は、お加減が大変に悪くて、それどころではなかったのです」
ベルシエラは急いで夫を庇う。
「庇うこたぁねぇんだぜ?ベルシエラ」
「兄さん、本当に辛そうだったのよ。気絶寸前だったわ」
「へーえ、そうかい?」
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続きます