28 拒絶する花婿
婚礼の夜だと言うのに薄暗いホールを横切り、豪華な階段を昇る。階段の途中で、ヴィセンテが立ち止まった。ベルシエラも足を止める。
「どこまで、付いて、くる気だ?」
ぜいぜいと苦しそうな息の下で、ヴィセンテが憎しみの眼を向けてきた。ベルシエラは呆れてしまった。
「何をそんなに睨むんです?花嫁を案内する人もいないんですから。貴方に付いて行くしかないじゃありませんか」
「勝手に、宴会場に、行けば、良かろう」
「お具合が悪いのに、わざわざ嫌がらせを言わなくても」
ベルシエラはつい、鼻で嗤う。一年かけて身につけた作法も言葉遣いもかなぐり捨てた。下手に出て良い時ではない。
「宴会場がどこかなんて、分かるわけないじゃないですか。夕方到着してすぐ式の準備だったのですから」
「では、大人しく、皆の、後に付いて、ゆけ」
「花嫁が?当主の妻が?付き添いも案内もなく、人の後から宴席に入るのですか?」
普段は口答えなどしない美空である。だが今日は、ソフィア王女のアドバイスを受けたのだ。
花嫁のヴェールは初陣の面頬。
(ここで折れたら、小説通りにこき使われて罵倒されて無視されて殺されちゃう)
小説のベルシエラは、初めの頃は貞淑に、控えめに、献身的に介護した。何を言われても、無視されても、物のある場所について嘘をつかれても。疲弊して壊れて、悪妻になった。結果、味方が居なくなり命を失った。いくら夢の中でもそれはごめんだ。
小説のベルシエラは、崖下で死体となって発見される。自殺ではない。それは、後悔主人公ヴィセンテが執念で突き止めた。
(後悔の元は、作らないほうがいいのに。お馬鹿さんね)
いよいよ小説が開幕したのだ。美空は、何故ヴィセンテが初対面から敵意を剥き出しにしてくるのかを知っている。序盤に書かれたヴィセンテの独白を読んでいるから。
(けど、今それを否定したって、受け入れられないでしょうけどね)
エンリケ叔父をすっかり信頼しているヴィセンテである。エンリケの言うことは疑いもしない。この婚姻は王家の陰謀と思い込まされている。王家がセルバンテスの杖を狙っているのだと吹き込まれたのだ。
(開祖の杖を狙ってるのはエンリケ叔父のくせに)
ガヴェンの調査によると、エンリケ叔父もどうやら利用されている小物に過ぎないようなのだが。そちらは小説とは違う展開で、まだ証拠も確信もない。
ヴィセンテは、ベルシエラの問いかけを無視して背中を向けた。ベルシエラは夫の後ろ姿を見上げてフッと笑った。それからお腹から声を出す。凛と張った力強い叫びは、ちょうど入ってきた婚礼の客たちの耳にも届く。
「見よ、叡智の太陽!」
ヴィセンテの足が止まる。ベルシエラの叫びは、セルバンテス家の家訓であった。
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