26 魔法酔い
式の間中ずっとよろよろしていたヴィセンテは、式が終わるとベルシエラから逃げるように離れて行った。口に手を当て、青い顔をしている。具合が悪いのだ。ベルシエラは支えようと一歩踏み出したが、ヴィセンテの従者に割り込まれてしまった。
(ちょっと、失礼ね!)
ベルシエラは従者の背中を睨みつける。無言で間に入られたのだ。
(せめて何か言いなさいよ!王命の花嫁なんか認めないってこと?宣戦布告なの?)
ベルシエラはぐるりと辺りを見回した。森番一家は心配そうに見守っている。巡視隊の仲間たちは、物言いたげにこちらを見ていた。
やや気の短いフランツは、制服の膝に指先を食い込ませて怒りを抑えていた。他の隊員は大したもので、涼しい顔をしている。流石王宮直属の巡回騎士団に所属している部隊なだけはある。それでも、視線だけは異議を醸し出していた。
ヴィセンテは魔法酔いという遺伝病にかかっている。強い魔法に触れると、乗り物酔いのような症状が出るのだ。
(けど、式で強い魔法なんて使ってないわよね?)
発光石はいくつもあった。しかし、それは魔法と言うよりも、魔法の力を吸収して光る性質があるただの石だ。婚姻の儀式に使う雪を入れた氷のゴブレットも、それ自体は単なる氷である。ゴブレットを覆う魔法も、氷に物が張り付いてしまわない為のコーティングに過ぎない。
(赤ん坊にも影響がない程度の魔法だけど)
不審に思いながら、ベルシエラは今しがた夫になった人についてゆく。
寒々とした星空の庭園から長い階段を降りる。一段低い場所とはいえ、ここはまだ岩山の上だ。少し下れば緑も見えるが、常緑樹であっても今は雪と霜に包まれて白い。
山の麓には見渡す限りの雪野原が広がっている。夏にはそこが真っ黄色な太陽の花ギラソルで埋め尽くされるのだ。セルバンテス家の家紋でもあり、領地の名前にもなっている花だ。
従者に助けられながら先をゆく人の背中にも、でかでかとギラソルが刺繍されている。黄色い花を斜めに横切るように配置された杖は茶色の宝石をびっしりと縫い付けて表現されていた。
今ベルシエラが着ているマントはお揃いなので、同じ意匠である。
(重い)
ベルシエラは森番小屋で育ったので、重くても歩ける。だが、虚弱な夫はどうだろうか。
(マント脱ぐわけにはいかないのかしら?)
式は終わったのだ。正装を解いても咎めるものはないだろう。披露宴は体力が持たないとの理由で、ヴィセンテは欠席する。後のことはエンリケが仕切ると告知があった。
(主役が欠席する披露宴なんて)
だが、虚弱な身の上を思えば、式に本人が出席しただけでも有難いことなのかも知れない。
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続きます




