247 伝説にならないふたり
「美空、いくら残ってる?」
わたあめを手に入れたふたりは、お小遣いの残額を確かめた。
「700円ある」
「えっ、美空、買ったのまだわたあめだけ?」
「うん」
「そっかー。俺、イカゲソと焼きとうもろこし食べちゃったから、あと100円しかない」
「食べてたよねー」
「なんだよ」
「ううん、フフフッ」
美空は小さな両手を口に当てて笑った。政男はその様子を可愛らしいと思った。
わたあめを食べる場所を探していると、変わった屋台を見つけた。ひとつ離れてポツンと立っている。
「あ、美空、見て!あれ100円だ」
「え、なに?輪ゴムとばし?だっさー」
「ダサくてもいいだろ。お菓子とか当たるらしいぜ」
「まだ食べるのー?」
「当てたら美空にやるよ!」
「ええっ、良いよ。あたしも自分でやる」
御神木の陰で、輪ゴムを指にかけて的に当てるという屋台があったのだ。2人ともそんな屋台は今まで見たことがない。
「はい100円ね。輪ゴム5本」
無愛想なおばさんに教わって、ふたりは輪ゴムを捻って指にかける。政男の輪ゴムは4本外れた。最後の一本がパシンと小気味良い音を立ててボール紙らしき的に当たる。
「黄色い的ね。はい飴一個」
「飴一個かよ。まあでも、当たったからいいか」
「次、あたし!」
美空の目つきが鋭くなった。
「えええっ、美空、すげぇ」
パパパパパ!と凄まじい勢いで最高得点の赤い的に輪ゴムが5回命中した。
「赤い的に5本ね。はい、こっから玩具5個ね」
店番のおばさんは表情を変えずに言った。
「弓と、矢と、三日月模様のハンカチと、引っ込むナイフと、あと魔法使いっぽい杖、ください」
美空はささっと玩具を選ぶ。手に下げた三日月形の黄色い籠バッグは麦藁で編まれたものだ。向日葵の刺繍が付いている。玩具をしまうと、美空は残り600円の使い道を考える。
ふたりが御神木の下で仲良くわたあめを食べていると、プーンと藪蚊が飛んできた。
「あっ痒い刺された」
美空が顔を顰める。政男はふと思いついて美空の籠バッグに手を伸ばす。
「美空、さっきの杖かして」
「杖?いいけど、尖ったとこで掻くの?」
「違うって」
子供の肘から先くらいの長さしかない、先の曲がったプラスチックの杖だ。政男は曲がったほうを上にして杖を握り、目をつぶる。美空はしばらく様子を伺っていた。
「政男、諦めたら?」
「あーあ、何にも起こんないや」
美空は籠バッグから取り出した痒み止めを塗ると、わたあめの残りを食べた。それからじゃがバターを買って紙コップに入れて貰うと、2人でお祭を後にした。
鳥井を潜ってふと振り返ると、御神木の陰がちょうど見える。
「あれ?もう帰っちゃった」
「本当だー。もう輪ゴム屋台なくなった」
「当たった飴いる?」
「じゃがバターあるからいい」
「オーロラキャンディだって」
「初めて見た」
「俺も」
政男は輪ゴム屋台で当たった飴を口に入れた。なんの変哲もない四角い個別包装の飴である。素っ気ない白地に個性のない黒いゴチック体で「オーロラキャンディ」とだけ書かれている。
「近道する?」
参道の途中で美空がニッと笑った。政男は大真面目な顔で肯首した。
「する」
ふたりは子供しか通れない謎の細道へと曲がる。今は平日の昼下がり、道にはふたりしかいなかった。
「あっ!」
美空が眼をまんまるにして小さく叫んだ。飴を舐めながら振った政男の杖から、赤い炎の小球が飛び出したのだ。
「政男!消して!早く」
政男は眼を白黒させながら杖を振ったり回したりする。飴が口に入っているので話せない。
「わああ、あー、消えた、良かった」
美空はあたふたしながら声を出す。炎は幸い何にも燃え移ることなく消えた。
「政男、これ、言っちゃだめだよ」
政男は青くなって頷いた。
「内緒だからね」
政男はもう一度頷いた。それから、美空の籠バッグに玩具の杖を返すと、政男は甚平のポケットに手を入れた。
「ん?」
政男は口を閉じたまま声を上げる。
「今度はなに?」
「飴のゴミ落としちゃった」
政男は飴を片側の頬に寄せて答えた。
「飴なめたら炎出たから、袋が手掛かりになるかと思ったんだけど」
「忘れましょ」
「そうだねぇ。魔法は便利だったけど、こっちではなくても困らないしね」
政男はそう言うと、小さくなってきた飴をカリッと噛み割った。
長いお話を最後までお読みくださりありがとうございます
これにて完結です
閑話
主役2人の名前
ヴィセンテ=征服する
歴史の古い男子名だが、メジャーになったのは19世紀以降
英語読みだとヴィンセント、エンツォはエンゾになる
ベル=美人
シエラ=空+女性人名語尾
ベルシエラは創作女子名




