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貴方は私が読んだ人  作者: 黒森 冬炎
第十二章 貴女は僕を読んだ人

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247 伝説にならないふたり

「美空、いくら残ってる?」


 わたあめを手に入れたふたりは、お小遣いの残額を確かめた。


「700円ある」

「えっ、美空、買ったのまだわたあめだけ?」

「うん」

「そっかー。俺、イカゲソと焼きとうもろこし食べちゃったから、あと100円しかない」

「食べてたよねー」

「なんだよ」

「ううん、フフフッ」


 美空は小さな両手を口に当てて笑った。政男はその様子を可愛らしいと思った。



 わたあめを食べる場所を探していると、変わった屋台を見つけた。ひとつ離れてポツンと立っている。


「あ、美空、見て!あれ100円だ」

「え、なに?輪ゴムとばし?だっさー」

「ダサくてもいいだろ。お菓子とか当たるらしいぜ」

「まだ食べるのー?」

「当てたら美空にやるよ!」

「ええっ、良いよ。あたしも自分でやる」


 御神木の陰で、輪ゴムを指にかけて的に当てるという屋台があったのだ。2人ともそんな屋台は今まで見たことがない。



「はい100円ね。輪ゴム5本」


 無愛想なおばさんに教わって、ふたりは輪ゴムを捻って指にかける。政男の輪ゴムは4本外れた。最後の一本がパシンと小気味良い音を立ててボール紙らしき的に当たる。


「黄色い的ね。はい飴一個」

「飴一個かよ。まあでも、当たったからいいか」

「次、あたし!」


 美空の目つきが鋭くなった。


「えええっ、美空、すげぇ」


 パパパパパ!と凄まじい勢いで最高得点の赤い的に輪ゴムが5回命中した。



「赤い的に5本ね。はい、こっから玩具5個ね」


 店番のおばさんは表情を変えずに言った。


「弓と、矢と、三日月模様のハンカチと、引っ込むナイフと、あと魔法使いっぽい杖、ください」


 美空はささっと玩具を選ぶ。手に下げた三日月形の黄色い籠バッグは麦藁で編まれたものだ。向日葵の刺繍が付いている。玩具をしまうと、美空は残り600円の使い道を考える。



 ふたりが御神木の下で仲良くわたあめを食べていると、プーンと藪蚊が飛んできた。


「あっ痒い刺された」


 美空が顔を顰める。政男はふと思いついて美空の籠バッグに手を伸ばす。


「美空、さっきの杖かして」

「杖?いいけど、尖ったとこで掻くの?」

「違うって」


 子供の肘から先くらいの長さしかない、先の曲がったプラスチックの杖だ。政男は曲がったほうを上にして杖を握り、目をつぶる。美空はしばらく様子を伺っていた。


「政男、諦めたら?」

「あーあ、何にも起こんないや」


 美空は籠バッグから取り出した痒み止めを塗ると、わたあめの残りを食べた。それからじゃがバターを買って紙コップに入れて貰うと、2人でお祭を後にした。



 鳥井を潜ってふと振り返ると、御神木の陰がちょうど見える。


「あれ?もう帰っちゃった」

「本当だー。もう輪ゴム屋台なくなった」

「当たった飴いる?」

「じゃがバターあるからいい」

「オーロラキャンディだって」

「初めて見た」

「俺も」


 政男は輪ゴム屋台で当たった飴を口に入れた。なんの変哲もない四角い個別包装の飴である。素っ気ない白地に個性のない黒いゴチック体で「オーロラキャンディ」とだけ書かれている。



「近道する?」


 参道の途中で美空がニッと笑った。政男は大真面目な顔で肯首した。


「する」


 ふたりは子供しか通れない謎の細道へと曲がる。今は平日の昼下がり、道にはふたりしかいなかった。


「あっ!」


 美空が眼をまんまるにして小さく叫んだ。飴を舐めながら振った政男の杖から、赤い炎の小球が飛び出したのだ。


「政男!消して!早く」


 政男は眼を白黒させながら杖を振ったり回したりする。飴が口に入っているので話せない。


「わああ、あー、消えた、良かった」


 美空はあたふたしながら声を出す。炎は幸い何にも燃え移ることなく消えた。


「政男、これ、言っちゃだめだよ」


 政男は青くなって頷いた。


「内緒だからね」


 政男はもう一度頷いた。それから、美空の籠バッグに玩具の杖を返すと、政男は甚平のポケットに手を入れた。


「ん?」


 政男は口を閉じたまま声を上げる。


「今度はなに?」

「飴のゴミ落としちゃった」


 政男は飴を片側の頬に寄せて答えた。


「飴なめたら炎出たから、袋が手掛かりになるかと思ったんだけど」

「忘れましょ」

「そうだねぇ。魔法は便利だったけど、こっちではなくても困らないしね」


 政男はそう言うと、小さくなってきた飴をカリッと噛み割った。



長いお話を最後までお読みくださりありがとうございます

これにて完結です



閑話

主役2人の名前


ヴィセンテ=征服する

歴史の古い男子名だが、メジャーになったのは19世紀以降

英語読みだとヴィンセント、エンツォはエンゾになる


ベル=美人

シエラ=空+女性人名語尾

ベルシエラは創作女子名

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― 新着の感想 ―
[一言] 完結お疲れ様です! 思いの外ゆるっと日常に戻り、別世界の日常へと……という十二章の流れがなんとも黒森さんっぽい印象というか。 人生の中で大事なのは物語の物語として語り継がれる部分より、その後…
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