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貴方は私が読んだ人  作者: 黒森 冬炎
第十二章 貴女は僕を読んだ人

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246 天寿を全うした後は

 復讐鬼ヴィセンテの悲恋は幸せな末期に書き変わった。一周目と小説の悪人エンリケ叔父は、首斬り役人が振りおろす大きな斧という報いを受けた。その背後にあった数世紀来の陰謀も全て暴かれ、後片付けも綺麗に済んでいる。


「もうすっかり、御伽話になってしまったわ」


 搾油祭の中日には、当時の顛末が劇や歌となって披露される。覚えている者は少なくなって、子供たちも手に汗を握って見物していた。


「本当のことだったなんて、僕でさえ信じられないや。僕たちが生きた証なんか、残らなくても良いのになあ」

「そうね。お話や歌になるなんて、恥ずかしいわ」

「僕の物語は、シエリータに読まれたけどね」


 ヴィセンテは不服そうに眼を細めた。


「小説の僕は随分と酷い奴だったんでしょう?それ、なんだか嫌だなあ」

「文句ならお姑様に仰ってよ。お姑様が書かれたのよ」

「うん、そうするよ。今更だけどね」


 灰青の瞳に陰が差したので、ベルシエラは急いで慰めた。


「でも、小説の最初では嫌な奴だったけど、ちゃんと反省してかっこいい主人公になったのよ?」

「一周目の現実でも?」

「私は美空になってしまったからその後のことは解らないんだけど、小説は本当に起きたことだってお姑様が仰ったのよ」

「そうか。それなら少しはマシかな」


 ふたりは雪雲に滲む太陽を見上げた。風が強くなり、雪片は激しく逆巻いている。ちょうど巡視隊が森で魔物に囲まれた時のような空模様だ。



 ふたりはあの夜を思い出したくもなかった。


「美空の世界で生きるなら、静かで平凡な暮らしがしてみたいなあ」

「美空の生活はそんな感じよ」

「その隣に僕もいるって、素敵だね」

「ええ。とっても」


 その望みは果たして叶い、ヴィセンテから2年遅れてベルシエラは再び美空となった。




 都会の住宅街にある小さな神社で、八日市が立っている。親世代にはもっと賑やかだったというが、屋台の少ない今でも子供には充分楽しめた。現代では珍しい昼市の立つ神社である。


 べっこう飴、りんご飴、ソース煎餅、じゃがバターにミニカステラ。かき氷、お好み焼き、焼きそば、たこ焼き。ハッカパイプにカルメ焼き。境内と参道に小さな屋台が並んでいる。



「待ってよう、政男(まさお)のいじわるー」

「いじわるなんかしてない。美空、早くこいよ」


 イカゲソ焼きを手に持って、小学生男子がわたあめ屋台のそばで待っている。緑を基調とした昆虫柄の甚平から健康的な手足がヒョロリと伸びていた。


 懸命に近づく童女の慣れない下駄は、自慢の向日葵柄の鼻緒だ。赤地に黄色い向日葵が散り、爪先側の鼻緒を真ん中で割って留める()()の所は、鮮やかな青色だった。裸足の踵が歩くたびに上がると、真っ赤に塗られた台の上に小さな向日葵がチラチラと見え隠れする。


 鼻緒と揃えた大きな向日葵が散る青地の浴衣に、黄色い兵児帯がひらひらと可愛らしい。二つに分けてきっちり編んだ古風な細い三つ編みの先にも、向日葵をあしらった飾りゴムが踊っていた。


お読みくださりありがとうございます

次回で完結します


閑話

浴衣用語


下駄

台=足を置くところ。土台

つぼ=爪先側の中央で鼻緒の上に縦に渡し、台に留める部品


兵児帯=元来は子供用に薄い素材で作られたひらひらの帯

現在では大人用もある


振袖=女児の浴衣は振袖である

男児は船底袖


上げ=子供は成長が早いため、着物や浴衣の肩と腰の部分を摘んで縫う

このとき表側に見える山折でつまみ出して、肩は外側、腰は裾側に倒す

肩上げで裄=ゆき、首の中心から手首までの長さを調節し、

腰上げで身丈=みたけ、全体の長さを調節する

成長に従って徐々に上げの幅を出してゆく

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