245 ヴィセンテも幽霊になる
森番の息子ディエゴと北方民族で巡視隊員のゲルダの間に生まれたパブロ。彼は太陽の如く輝く金髪に、セルバンテスのオーロラ眼を持って生まれた。先祖返りである。
ディエゴとその母が持つ眩い金髪は、杖神様の一族が受け継ぐ特徴的な髪色だったのである。今では血が薄まりエルグランデ王国中に散らばり、さほど珍しくもない髪色だ。母の生家もプフォルツ領にある。そのため、セルバンテスの血族だとは誰も知らなかった。
パブロは同世代で一番の実力を誇り、杖神様から直々に杖の後継者として選ばれた。小説「愛をくれた貴女のために」と同様に、次代ギラソル公はパブロで決定した。小説と違うのは、ただの養子ではなく婿養子に収まった点だ。
妻となるルナベルは、月の民の特徴を顕著に受け継ぐ魔法使いだ。幼くして浄化も覚え、将来有望だと言われている。
毒薬と呪いで虚弱にされていたヴィセンテは、一年経つ頃にはすっかり元気になっていた。彼は晩年まで健康に過ごすことが出来た。ある雪の朝、ヴィセンテ翁は眠るように息を引き取った。
「エンツォ」
冷たくなった夫の額に、ベルシエラは老いて乾いた唇を寄せた。言葉はそれ以上出てこない。呆然と夫の顔を見下ろしていた。
「悲しまないでよ、シエリータ」
上を見ると、ヴィセンテの幽霊がいた。
「エンツォ!」
ベルシエラはこの時ほど幽霊が見えて良かったと思ったことはない。
「考えたんだけどね」
「なに?エンツォ」
「シエリータは、今生を全うしたら美空に戻るんでしょ?」
「ええ、そのつもりよ」
ヴィセンテはゆらりとベルシエラの側まで降りてきた。
「僕も美空の側に生まれたら良いよね」
先代夫人の魔法に巻き込まれて、ベルシエラは美空となった。
「僕も時空を超えたら、魂の器が新しく用意されるんじゃないかな」
「そう上手く行くかしら?」
「美空だって消えずに向こうで生まれたでしょ?」
「それはそうだけれども」
「きっと大丈夫だよ。美空の世界の自然の摂理は、この世界と違うけど似ているからね」
美空は皺の目立つ頬を緩めて、幽霊に笑いかける。
「それもそうね。先に行って待ってて?必ず追いかけるから」
「狙いは幼馴染だよ。僕、ベルシエラの小さい頃知らないもの」
「そうね。時々ルナベルたちが羨ましくなるわ」
「でしょ?だから、次はずっと一緒にいようよ」
ベルシエラは頷いた。
「ええ、そしたら、熱中症で命を落とすこともないかもしれないわ」
「その日は僕が訪ねて行くよ」
「ありがとう。自分でも気をつけるけどね」
ふたりは目を見交わして微笑んだ。
「向こうでもお爺ちゃんお婆ちゃんになるまで、ずっと仲良くしようね」
「もちろんよ。楽しみだわ」
ギラソル魔法公爵家の家紋を刻んだヴィセンテの棺桶が地中に沈んでゆく。灰色の空からは大粒の雪が降ってくる。幽霊はそこに見えているのに、ベルシエラは悲しかった。目に見える夫の肉体が埋葬されるのだ。別れの痛みが胸を刺す。
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