244 銀眼とオーロラ
ふたりは東屋に着くと、植物の蔓を編んだ長椅子に腰掛けた。ヴィセンテに肩を抱かれて、ベルシエラは夫に寄りかかる。
「これからの満月は、夜空に開く魔法の花火と果てしなく広がるギラソルの花畑と共に思い出されるようになるよ」
「そうね。そのためにも、事故なく怪我なくお祭りが楽しく終わるようにしなくちゃね」
ベルシエラの瞳に決意が燃える。
「それから、最後の魔法芝居も伝統になるといいなぁ」
「そうね。引き継いで行けたらいいわねぇ」
ヴィセンテは、後夜祭で披露する予定になっている物語のひとコマを掌サイズで描きだす。杖は例の骨董品だが、すっかり手に馴染んでいるようだ。ベルシエラもヴィセンテに寄りかかったまま、人差し指の先から炎を飛ばした。
東屋の天井を作る植物が、房咲きの白い花を垂らしている。夜風に揺れる花房は、仄かに甘く薫っていた。小径を飾る艶やかな香りとは違う、どこか切ない芳香である。
魔法芝居のミニチュア上映をしていたふたりの視線がふと出会う。銀の髪は月の雫に濡れたような輝きを見せ、緩く結い上げた黒の巻毛は帷を下ろす夜の妖精の微睡を宿す。
2人の口元には柔らかな笑みが浮かぶ。静かに近づくふたつの顔を、夏の夜風が優しく包んだ。
それから数年後のこと。ギラソルを模した麦藁細工を銀色の巻毛に飾り、幼い女の子が田舎道を走ってゆく。後ろから中腰で追いかける両親が見える。父親は高い位置で束ねた繊細な銀髪を揺らし、母親は太い三つ編みにした黒い巻毛を背中に弾ませている。
「待ちなさいルナベル!」
「走らないでー!ころぶわよー!」
両親はハラハラしながら銀髪巻毛の幼女を追いかける。幼女はケラケラと愉快そうに笑う。銀色の瞳が夏の陽を映して煌めいていた。
「早く早く!お父ちゃまもお母ちゃまも置いていってしまうわよー!」
「ああもう、お待ちなさいよ!」
「こら、ルナベル!おてんばめっ」
追いかけっこのゴールには、広野の村が見えている。搾油祭の中日で賑わいが村の外まで聞こえていたた。
「きゃっ?」
ルナベルが驚いて仰け反った。背の高いギラソルの花陰から、眩い金の光の塊が飛び出して来たのだ。
「あっ、ごめん」
細い両腕を突き出して、転びかけたルナベルの手首を掴んだのは同じ年頃の男の子だった。両眼を彩る涼しげな灰青を台無しにするほどに活気に満ちた子供である。いたずらそうな瞳の中には、オーロラの光が揺れている。
「パブロ!」
ルナベルは男の子の手を掴み返してぴょんぴょんと飛び跳ねた。道の向こうからは、ディエゴとゲルダが苦笑いを浮かべながら駆けてくる。
「ふたりとも、次に走ったらお祭はなしですよ」
ベルシエラの宣告に、ルナベルはぴたりと跳ねるのをやめた。パブロは不満そうに口を尖らせた。
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