24 ギラソル領の虚弱な領主
ギラソルは黄色い花である。真夏になれば、大の男の背丈を越して平野を埋め尽くす。小高い山の上にある小城から見渡せば、さながら黄昏に揺蕩う黄金の海であった。
紋章にこの黄色い花と杖を添えるのは、魔法公爵セルバンテス家だ。その紋章をでかでかと背中に背負って、今銀髪の若者が紺碧のマントを翻す。細い身体は、マントの重みに耐えかねてよろめく。
「あっ、大丈夫かしら?ですかしら?」
慌てて言い直す言葉遣いは、血色の良い唇から我知らず漏れたもの。ベルシエラは凍える息を白く吐き、すっきりと鼻筋の通った健康な顔に皺を寄せた。
花嫁の髪は黒々と艶めき、ふんわりと結い上げてある。発光石で作られた花の形の飾りを髪に散りばめて、銀のヴェールで面を隠す。
ドレスは袖口の広い中世風の形である。鮮やかな藍色は、ベルシエラの瞳を映したもの。銀のサッシュは花婿の色。星屑から生まれた夜の妖精だと言われても、信じてしまいそうな出たちだった。
遠路はるばるやってきた森番一家と、特別休暇を賜った巡視隊の面々が息を呑む。普段の活発さを知っているだけに、魔法で幻を見せられているんじゃないかとすら疑った。
ギラソル領の伝統に従い、新郎新婦は静寂の中を並んで進む。揃いのブーツは銀色の毛皮で出来ている。参列者達の間を練り歩き、ステージにあがる。そこには花嫁のマントが準備されているのだ。
(静かね)
発光石が乳白色に灯り、明るい黄色のギラソルと銀色の杖が紺碧の布地に映えている。これを花婿が花嫁に着せかける。花婿は最後に、立会人から雪を盛った氷のゴブレットを受け取るのだ。ゴブレットには魔法がかけてある為、皮膚や布地が張り付いて困ることはない。
(ひとりで練習はしたけど、いざとなると恥ずかしいわね)
2人は互いに手で掬い取った雪を相手の口に運ぶ。これの実践はぶっつけ本番だ。新郎は虚弱なので、真似事の練習すら出来ていない。
「はー、でも、麗しいって言葉は、この人のためにあったのねぇ」
若きセルバンテスは、癖のない銀髪を高い位置で一つに束ねている。マントに跳ねるその髪は、誇り高い神馬の尻尾にも似て、今冷涼に晴れた冬の月光を浴びていた。
(それにあの瞳といったら)
瞳を染める薄い灰青色は、暮れ切る前の冬空を思わせる。どこまでも澄んだその眼には、時折オーロラのような光が揺れる。
(小説の描写そのものだわ!寂しい冬の木立ち、悲しく冴えた冬の宵!)
そう。彼は、古風な恋愛小説の主人公なのである。小説の中で、その姿は感傷的に歌い上げられていた。
(この日の前に目が覚めなくて良かったぁぁ!)
美空のテンションは爆上がりである。非常に興奮した、などという表現は相応しくない心理状態だった。
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続きます




