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貴方は私が読んだ人  作者: 黒森 冬炎
第十二章 貴女は僕を読んだ人

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236 元気になったらしたいこと

 ヴィセンテが外を歩くようになってから、まだほんのひと月ほどだ。雪道を辿る足元は覚束ない。


「エンツォ、そろそろ戻りましょうか」

「そうだねぇ。また熱を出して迷惑をかけるといけないよね」


 体調を気遣うベルシエラにヴィセンテは同意した。妻に心配をかけたくないからだ。


「歌う鳥、見つからなかったねぇ」

「また今度探してみましょうよ」

「そうだね」

「今度はもう少し麓の方まで行かれるかしら」


 魔物討伐の時、ヴィセンテは魔法の力を借りて麓の砦まで降りてきた。その後、クライン魔法公爵家の飛竜騎士団に助けを借りて、ヒメネス海岸までやってきた。到着してからはベルシエラと肩を並べて魔法を使った。


 後始末が終わるまでは先頭に立って当主の仕事をこなしていた。緊急事態なので無理をしたのだ。ひと通り事態が収拾されると、無理が祟って寝込んでしまった。近頃ようやく長時間歩き回れるようになってきたのだ。



「春風祭りは是非見学してみたいよ」

「その頃には森の村も落ち着いていると良いんだけど」

「お祭りが開催出来るように支援しないとね」

「ええ、お祭りが出来たら村の人たちもきっと元気になるわ」


 春風祭りは森の村で行われる音楽祭である。こぢんまりとした内輪の村祭りだ。ベルシエラはさほど音楽に興味はなかったが、一周目は旅の途中で立ち寄った。


 ヴィセンテにとっては、外の世界のことは全てが新鮮だ。幼年時代の微かな記憶以外、全て病床の暗い思い出なのだ。明るい祭りの風景に憧れるのは自然なことだ。



「ギラソルが咲く頃には、広野の村まで行かれるといいなあ」

「きっと行かれるわよ」

「シエリータが話してくれた搾油祭(さくゆさい)にも行ってみたいな」


 広野の村が盛夏に差し掛かる頃、ギラソル畑では種油を搾り始める。初搾りを味わうお祭りが広野の村で行われるのだ。一周目はひとりで楽しんだベルシエラであるが、今回は夫婦で楽しめそうである。


「ギラソル油でカリッと揚げた薄切り肉や、ふわふわのコガネモモフリットは、きっとエンツォも気にいるわよ」

「楽しみだなぁ。その頃には油も平気になってるよね」

「ええ、きっと楽しめるわよ」



 ヴィセンテは麦粥から卒業して、ようやくパンと薄いスープを食べられるようになっていた。搾油祭の頃にはもっと丈夫になっていることだろう。


 夏の果物コガネモモは、森で取れる果実である。熟すと生でも食べる桃に似た丸い実だ。少し硬いうちに摘んで、蜂蜜を混ぜた衣で揚げ物にしたり、塩を効かせたメガロヒツジの肉と煮込んだりもする。


 子供の頃から麦粥ばかりだったヴィセンテには、想像も付かない食べ物ばかりである。調子が悪い日には、蜂蜜ですら強すぎた程だ。



「僕、お酒も飲んでみたいよ」

「夏には試してみられるかもしれないわね」

「フランツの大好きなヘルツォクストラウムや、くろみがかったスグリのお酒や、真っ赤なブドウのお酒や、とっても強い透明なお酒や、他にも色々あるんでしょう?」

「フランツやガヴェンの真似はやめておいたほうがいいわよ」


 ベルシエラは酒呑み連中の様子を思い浮かべて苦笑した。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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