235 クロウタドリを探して
ベルシエラはさっと人差し指を振る。道案内の炎が飛び出した。
「シエリータ、鳥は炎が近付いたら逃げちゃうんじゃないの?」
「そういえば、そうね。じゃあどうする?」
ベルシエラは探し当てる自信がない。
「音を頼りに歩き回ってみればいいよ」
「難しいわよ?」
「シエリータは森番の娘だろ?」
「それはそうだけど、自信がないの」
「見つからなくたっていいじゃないか」
ヴィセンテはそっとベルシエラの手を取った。
「そうね。お散歩するだけでも気持ちがいいわ」
「トムが緩み始めた雪道は危ないって」
「ええ、溶けたり凍ったりして滑りやすいわね」
「足元に気をつけて行こう」
ふたりは手を取り合って東屋を出る。ヴィセンテの脚にはうっすらと筋肉がついてきた。銀の髪には艶が出て、頬にも少し丸みが見え始めている。色白だが不健康な青さは消えた。
ベルシエラは藍色のドレスに濃紺のマントを羽織っている。ヴィセンテとお揃いの、家紋付きのマントである。式典用の宝石刺繍はない。家紋付きではあるものの、普段使いのマントだ。
上質な革の手袋をした手を繋いだままで城門を出る。変化に富んだ鳥の鳴き声を追って、ふたりは山路に出た。魔法酔いの薬になる花粉が取れる木が見えてきた。
「この木がきっかけだったんだね」
一周目、ヴィセンテがベルシエラの心に触れて反省したのは、急斜面に生えたこの木を見たからである。ここでベルシエラは早朝に花粉を採取した。この斜面で一周目のベルシエラはエンリケ叔父に撲殺された。
雪の下から黄色いが顔を出している。やや厳つい感じのする丈の低い花だ。この花は薬にはならない。黄金の太陽城にある「ギラソル植物図絵」によれば、早春に咲く花で、フォルトゥナソウと言う植物だった。
「はなやいだ気持ちになるわね」
「雪の中で黄色が鮮やかだね」
ふたりはのんびりと道端の花や木々の芽を眺めて歩く。白い冬毛のウサギたちが木々の間を走る。
「弓を持ってくれば良かったわ」
「ウサギ食べたいの?」
「見たら食べたくなったの」
「厨房に伝えておこうか?」
「いいのよ。そこまでじゃないから」
ヴィセンテは愛情の籠った眼差しを妻に向ける。ベルシエラはなんだかくすぐったいような気持ちになった。
しばらく降りて瀬音のする方へと馬車道を外れる。
「賑やかに歌っているわね」
「さっきより大きく聞こえてきたよ」
「そうね。近いわ」
遥か梢では冷たい風が渡ってゆく。常緑樹がざわざわと枝葉を鳴らしていた。
「そこ、気をつけて」
「ありがとう」
地面に岩が突き出していた。ヴィセンテはベルシエラを優しく気遣って、そっと手を引いた。




