234 後始末
ベルシエラたちはヒメネス城砦跡地で野営していた。海辺の岩壁は黒い魔物が表面を覆っている。日暮時に海から上がってくる粘液の魔物は、黒い岩の魔物がいなくなれば爆発的に増えるだろう。
飛竜騎士の半数は平原の攻防に加わった。運搬担当で比較的疲れていないグループである。城を落とした翌日の昼前には、平原の魔法騎馬隊も制圧されたという知らせが届いた。
残すは森の魔物のみ。エリザベスは午後に王宮へと戻る予定だ。エンリケ叔父の処遇は王宮の判断に委ねることとなった。
ベルシエラたちが海辺の討伐を終える頃、森の魔物も粗方片付いた。
棘の魔物は棘の欠片からでも再生する。殲滅は不可能だ。これからもギラソル領では魔物対策が続くだろう。山の上に建つ黄金の太陽城の麓にある砦は、再編成されたギラソル領の騎士団と魔法団が駐屯している。
「そんじゃまたな、ベルシエラ」
隊長が別れの挨拶をしに来た。巡視隊も報告の為王宮へと向かう。通常業務の場合は、一年かけて各地を巡る。今回は未曾有の魔物大増殖も起こされ、国家転覆の陰謀が暴かれた。一旦国土巡回を中断して首都へと戻ることになった。
「結婚式には呼んで下さいね?」
野営の間に婚約予定の知らせを受けて、ベルシエラは心からふたりを祝福した。一周目も含めて、ふたりには数えきれない程の恩がある。
「当たり前だろ」
「当然呼ぶわよ」
はにかみながら答えるふたりは、エルグランデ王国の未来を担う夫婦となるだろう。玉座を継ぐのはソフィアの兄だ。兄は威厳のある皇太子だが、その分人々から敬遠されがちだった。民衆に人気のあるソフィア王女と騎士たちに絶大な支持を受けている隊長は、王室のイメージ戦略に一役買うことになりそうだ。
今回の騒動では、首都で引き受けるには多すぎる人数が捕縛された。魔物を殲滅した後で森の木を切り出し牢獄を作り、王宮から派遣される首切り役人を待つことになった。
黒髪の戦士たちはいつの間にか姿を消していた。彼等が歴史の表舞台に立つことは今回が最初で最後かもしれない。
「結局、あの方々とはゆっくり話せなかったねぇ」
「またいつか、会えるかもしれないわ」
「あの方々の暮らしからすれば、お会いできないほうがいいんだけど」
「そうねぇ。黒髪の戦士たちは魔物に苦しむ土地に現れるんですものね」
中庭の東屋でくつろぐベルシエラは、白く浮かんだ真昼の三日月が冬の終わりの太陽を追いかける姿を眺めていた。先代夫人や杖神様も気を遣って姿を見せない。騎士や従者たちも離れたところに控えている。どこかでクロウタドリに似た鳥が表情豊かに囀り交わしている。
「あの鳥はノコギリ鳥の森にもいたわ」
「どんな鳥なの?」
病床にあったヴィセンテは、外の世界をあまり知らない。
「私も見た事がないの。美空の時に動画で観たクロウタドリの囀りに似ているわ」
「そうなの?クロウタドリはどんな鳥?」
「黒くて嘴は黄色いわ。実際には見たことがないんだけど、大きい鳥みたいよ」
ふたりはぴたりと寄り添って、1枚の毛布にくるまっていた。
「探しに行こうか?」
「ふふ、そうね」
にこりと微笑みあったふたりは、毛布を畳んで立ち上がる。ヴィセンテにもう支えは不要だ。手には城砦戦で使った遺物の杖が握られていた。
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